四
あくる日、女は森に入って昨夜聞いた泉を探して歩いた。繁った青葉は、下の草を一層濃く青く染めた。
女の顔も、着物の色も、上の青葉の色が照り返って青かった。
女は、柔らかな夢を見ている草の上に坐って耳をそばだてた。微かな風の音。ひらひらと舞う青葉の光り。葉と葉とが摺れ合って、心地よい歌をうたっていた。
女は、男が来てから不思議のことが多い。聞かなかった泉の音を聞く。分らなかった風の色が見える。
この時、はたはたと聞き慣れぬ鳥の
羽叩きの音がした。振り向くと、赤い毛に紫の交った大きな鳥が二羽、高い木の上に巣を作っていた。巣は、黒く、ある所は灰色に光りを
帯んで、枝と枝との間に
懸っている。巣からは、黒い乱れた女の髪の毛のようなものが、中空に垂れ下がってなびいている。海の上に漂っている
藻屑に似ていた。女は、黒い髪の毛を見ると、この鳥が、どこから、それを
啣えて来たかと考えた。
この、深い森の奥には、他の女の死んだ死骸が捨てられているのでないか。肉が朽ち、顔や、目や、鼻が
腐れ、崩れて、悪臭を放っている。そこへこの、赤と紫との混り毛の鳥が行って、腐れた頭から、これらの髪の毛を抜き取って来るのでないか? この森のどこかで女が死んでいるのでないか?
女は、訪ねて来た盗賊のことを思い出した。あの男は、他でも女を
嚇かして、女を
辱しめて、殺して捨てて来たのだろう。そう考えると、傍に鬼あざみの花が毒々しく咲いている、その色合が、あの男の頬や唇の色によく似ていたと思った。
けれど、鬼あざみを摘んで、それに熱い接吻をしている女の唇はもっと紫色であった。
巴旦杏の熟したような色であった。女はじっとその鬼あざみを見て、華やかに笑ったのである。
この時、巣を作っている鳥が、怪しな声で啼いた。尾は長く、垂れて、頭の上に届きそうだ。鳥の拡げた翼の紅は、柔らかな、つやつやしい、青葉の光りに映った。鳥の長い
頸は、曲線的にS形に空を仰いで、思い切った、張り詰めた声で啼いた。女は、この啼声を聞いた時、自分の腹でも、怪しくそれと啼き合した声がある。