五
「今晩は。」……この声を、もう一度聞いて見たい。女は懐かしくて堪らなくなった。女は、あくる日も、その鳥の巣を作っているのを見た。そして、その怪しな啼声を聞いた。
腹の中で、それと啼き合す、怪しな啼声を聞いた。
青と青とが摺れ、緑と緑とが蒸し合い、加えて紫の花の激しき香気。いずれもそれらは水を望んでいる。清らかな、日に輝いて、
妙なる歌をうたって流れている水に
渇している。唇の紫の女も水に渇している。女は、もはや、森を奥深く分けて進むに堪えなかった。激しい
日光は緑の葉に燃えている。草を踏むと身が蒸されるようにむうっとなった。青葉に輝く日光と風を見ると、眼が
眩んで来た。白い花、紫の花、目を射るように、等しく日光に輝いていた。
ある日、女は、森に来て、かの怪しな鳥が、
倦怠そうに大きな、光沢のある、柔らかな翼を、さも持てあまして、二羽が、互に
縺れ合って巣を作っているのを見ていた。長い曲線的の頸は頸と絡み合っている、長い尾は、旗の如く風に
翻っている。ただそこに異った、
険しげな眼と、柔和の眼とが光っていた。今、下になって、さも疲れたように枝に掴まって、ぐったりとしている眼の柔和な鳥をば、雌鳥だと思った。雄鳥は、今、巣の下に
仰向になって、なにやらを巣の中に押し入れている。海の藻草のような、女の頭髪のような、ひらひらとしたものは、半分切れて、下の枝にかかっていた。なぜだか、鳥は、それをそのままにして拾い上げなかった。残りの半分は、
僅ばかり、もとのように風になびいていた。
空は、
円く、悠然と垂れ下がっている。どこまで深さのあるものか、分らない。淡い、緑と青とが南と北とによって違っている。海鳥の胸毛のような、軽い、白い雲が、飛んでいる。巣を作っていた鳥は、けたたましく啼いた。女の腹の啼声も、けたたましくそれに
応える。
女は、刺されるような痛みと、震いとを感じた。
枝の、緑色の芽を摘んで、じっとそれに見入って、女は涙ぐんだ。