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森の暗き夜(7)_小川未明童話集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3335
 


この貧弱な体を、黒い、強い縄で縛ったようだ。細い紐は母親の体にくくり付けている。呼吸をするたびに、弱々しい胴骨がびくりびくりとやみに浮き上るようだ。
女は、黙って下を向いて仕事をしている。後姿を見ると、赤茶けた頭髪が、ランプの光りを受けて、衰えた光りを反射していた。ランプの光りは、また紫色の唇にも達している。もはや昔のように厚くはない。眼も、しょんぼりとして頬の肉もげてしまった。ただ、怪しな鳥の雄がちょうどこんな険しい眼付をしていた。
紫色の唇は、しぼんだ花のようだ。削げた頬の感じは、秋の黄ばんだ色を想い出さした。女は、今眼ばかり働いている。眼ばかり活きている。
夜が更けた。風は、再び昔の如く女と無関係に吹いていた。泉の音は、女になんの反響も与えない。女は、耳を凝らして風の音を聞いている。そして、自然のすることを冷笑あざわらった。
青桐あおぎりの葉は、ばたばた鳴って女の坐っている窓の前で、黒い、大きな、掌と掌とが叩き合って夜のやみを讃美する。黒い掌の鳴る方に当って、森の腐れから、孵化ふかした蚊が幾万となく合奏し始めた。蚊の一群は、青桐の中頃に集って歌った。「血に飢えた、血に飢えた、獣物の肌の臭いがする。肉に吸い付いて、腹が赤く、酸漿ほおずきのように腫れ上るまで生血を吸いたい。」……他の一群は青桐の下枝に集った。風が来て、葉がおののくたびに固まった。一団は、まりのようにあちらへ転じ、一団はこちらへと転って来る。そして彼等は歌った。
「生温い夜、赤味と紫色を帯びた夜の色。この世界が皆、血色に関聯かんれんする。赤錆の出た、たいらな、一枚の鉄板てっぱんのような夜の世界、その色は、断頭台の血に錆びた鉄の色に似ている。惨酷ざんこくな料理をする……。吾らは、夜の色を讃美する。」
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核心提示:七この貧弱な体を、黒い、強い縄で縛ったようだ。細い紐は母親の体に括くくり付けている。呼吸をするたびに、弱々しい胴骨がびく
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この貧弱な体を、黒い、強い縄で縛ったようだ。細い紐は母親の体にくくり付けている。呼吸をするたびに、弱々しい胴骨がびくりびくりとやみに浮き上るようだ。
女は、黙って下を向いて仕事をしている。後姿を見ると、赤茶けた頭髪が、ランプの光りを受けて、衰えた光りを反射していた。ランプの光りは、また紫色の唇にも達している。もはや昔のように厚くはない。眼も、しょんぼりとして頬の肉もげてしまった。ただ、怪しな鳥の雄がちょうどこんな険しい眼付をしていた。
紫色の唇は、しぼんだ花のようだ。削げた頬の感じは、秋の黄ばんだ色を想い出さした。女は、今眼ばかり働いている。眼ばかり活きている。
夜が更けた。風は、再び昔の如く女と無関係に吹いていた。泉の音は、女になんの反響も与えない。女は、耳を凝らして風の音を聞いている。そして、自然のすることを冷笑あざわらった。
青桐あおぎりの葉は、ばたばた鳴って女の坐っている窓の前で、黒い、大きな、掌と掌とが叩き合って夜のやみを讃美する。黒い掌の鳴る方に当って、森の腐れから、孵化ふかした蚊が幾万となく合奏し始めた。蚊の一群は、青桐の中頃に集って歌った。「血に飢えた、血に飢えた、獣物の肌の臭いがする。肉に吸い付いて、腹が赤く、酸漿ほおずきのように腫れ上るまで生血を吸いたい。」……他の一群は青桐の下枝に集った。風が来て、葉がおののくたびに固まった。一団は、まりのようにあちらへ転じ、一団はこちらへと転って来る。そして彼等は歌った。
「生温い夜、赤味と紫色を帯びた夜の色。この世界が皆、血色に関聯かんれんする。赤錆の出た、たいらな、一枚の鉄板てっぱんのような夜の世界、その色は、断頭台の血に錆びた鉄の色に似ている。惨酷ざんこくな料理をする……。吾らは、夜の色を讃美する。」
空の色が全く暗に塗られた時、彼らは勝手に分れた。ある者は森の野獣の血を吸おうと、青葉の下を潜って、森の中に入った。ある者は、一つ一つ障子の破れ目を、くぐり込んで、この痩せた児と女の血を吸おうと入った。
赤い爛れた目の色に似ているランプは、この小さな侵入者を見張ることが出来なかった。疲れた、黄、灰色の壁は、漠然としていて、この侵入者の休み、止る所となった。蚊の腹からは血がしたたりそうになって、灰色の壁に触れている。もはやこれらの壁は、威嚇する力も持たない。蚊の吸った血に汚されるにまかした。
小さな侵入者は、女の身の周囲まわりを取巻いた。女は、仕事をせなければならぬ。蚊は、女の薄い着物の上から刺した。子供の痩せた両足に黒くなるほど止った。競争して、この貧児の血を吸い尽くしてしまおうとした。
疲れた、物憂い眠りから醒めて子供が火のように泣き立てる。けれど、黒い縄は、子供の体をしっかりと結び付けていて、子供は足を動かすことすら出来なかった。飢えている蚊は、瞬間も血を吸うことを止めなかった。子供はもがこうとして動くことが出来ない。見る間に痩せた両足は、藪で育った侵入者の貯えきっていた毒針で、太く、重く、淡紫色に腫れ上った。けれど、鋭い口は、肉と肉とを分けて、なお深く喰い込んでいた。子供は、火のように泣き立てている。その声は、力の弱いので、腹の飢えているので、体の病身なので、いつしか衰えて来た。
女は、やはり下を向いていた。両方の眼が子供の泣声と、蚊の襲撃とで、益々ますます険しく輝いた。怒り、恨み、にくみ、それが一点に火となって輝いたのである。彼女は手を廻して、子供の病的な頭を打った。

 

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