八
柔らかな、
潤いの乏しい、大きく開いた子供の眼は、
々として上る朝日の光りを避けた。真昼の光りでさえ、この弱い子供の眼は、瞳に映るのを怖れている。昼の恐怖についで、怖しいものは夜の恐怖であった。
この児は、昼と夜とのいずれにも育たない児だ。更に深い夜、更に暗い世界でなければ、この児の弱い眼は、外光の刺戟に堪えられない程であった。けれど、生きているうちは、また
饑を感ぜずにはいられない。子供は女に乳をねだった。
「やかましいよ。お前にかまっていられるかい。」
女はこう言って、やはり下を向いている。子供の身の廻りには、黒い、細い、強い縄が取り払われた時がなかった。物を言い得ない子供は、ただ泣いて饑を訴えたのである。空しき努力であった。泣けば泣くほど饑を感じた。そして、声もいつしか
洞れてしまう。大きな頭が、その胴と釣合の取れぬ病的な重さのために、ぐたりと垂れて、柔らかな、弱々しい眼が瞬きもせずにぼんやりと開いている。子供は、たまたま、こんなに泣いて泣いて泣き疲れた
揚句に、棚の上に乗っている白い土器を見た。そして、微かな笑いを立てた。
子供は、しっかりと女の背に負わされていながら、手を伸ばして土器を取ろうとした。ある時、女は、児の差し出した手を邪魔だといって叩いた。
遂に子供は、棚にあった土器を持たずに死んだ。生れてから一年と経たぬ間にこの世を去ってしまった。
女がこの死児を森に葬った日は、風があった。湿気を含んだ空気は、
沈鬱に
四辺を落着かせた。高く
秀でた木の枝が、風に
撓んで、伏しては、また起き上り、また打ち伏していた。他の低い木の枝は、右に泳ぎ、左に返っていた。雲は、白く、幾重にも重なっていた。
高い木のなびく、頂きには、青い空が
綻びている。かの夕陽に赤く色づき、朝日に照り返って輝く、皮の剥げた枯木の
老幹は、白くなって、青々と繁った林の中から突き出て見えた。
女は、何の木とも知らぬ、白い花の咲いている木の下に穴を掘った。そこには黒い布に包まれた死児が草の上に横たえられた。女は、掘りかけて
鍬をそこに捨てて休んだ。
湿っぽい風は女の油気のない、赤茶けた髪をなぶって吹いた。木々の葉は、
冷笑うように鳴っていた。
女は、頬の肉が落ち、唇は堅く黒く凋んでしまった。掘り返された土が濡れていた。穴には、日の光りすら覗かない。この湿った土の中に、この児は埋められてしまう。そして、湿った土は、遂に日の光りに晒されずに再び
旧の如く隠されてしまう。死んだ児は、地を透して日の光りを見ることがない。湿気に埋まって自ずと腐って行くのだ。掘り返された時、青葉にかかった土は、ばらばらと葉をすべり落ちて、穴の中に帰った。
餓えた時に乳を求めた児である。それをやらずに叱った女である。白い土器が欲しいと笑って手を出した児である。その手を叩いた女である。児は、
長えに眠ってしまった。再び泣きはしない。このまま静かに地の中に入って眠るのだ。女は、木の葉の動くのを見て別に涙も出さなかった。女は、鍬を採った。力を入れて三尺ばかり掘って、穴の中に黒い布で包んだ子供を入れた。子供の痩せた足が、布の外に
露き出た。足には、蚊の刺した痕が赤くなっている。ちょうど莓のように紅く腫れていた。女は、子供を穴から掴み出した。南を枕にして入れて見た。穴が狭くて、のびのびと足を長くすることが出来ない。今一度、子供の死骸を取り出して西を枕にして足を縮めさせて押し込んだ。そして、頭から土をどっと掻き落した。
死んだ児は、遂に埋められた。女は森を出て家に帰った。