九
赤い爛れた目のようなランプの下で、女は東を向いて、仕事をしている。ランプはジ、ジー、ジ、ジーと鳴り出した。夜は、次第に深くなった。力のない目を見張ったような灰色の壁はぼんやりとしている。白い土器はいつ、そこに置かれたか永遠の問題として、みずから黙って時の外に超越していた。
森が、次第に垂れ下がった、厚い、縫目のない、黒い、重い、夜の大きな翼の下に押されて、無理に上を向いて接吻している。風は、折々、
抜足して、窓の外を通るように破れた障子の紙が、ひらひらと動いた。女は、疲れた目を撫でた。この時、
幽かな泣声が、遠くの遠くから聞えて来る。
その泣声は、耳についている泣声である。死んだ子供の泣声である。たしかに森のかなた、白い花の咲いている木の下から起って、木と木の間を通り、藪を抜けてここまで聞えて来る。
忽ち、泣声が止んだと思った。遠くの、遠くに耳を傾けていると小さな足音が、ぱたぱたとしてこちらに歩いて来た。足音はすぐ窓の近くに来て止った。風は、森がする吐息のように断続的に吹いている。しばらくすると、また
幽かに遠くの遠くで、聞き覚えのある子供の泣声がした。その泣声は、白い花の咲いている木の下から起って、木と木の間を避け、藪から藪の間を抜けてここまで達して来る。やっとの思いで、この家を探して来たような哀れな泣声だ。また、その声は、ここまで辿って来るには力いっぱいの声であった。ここまで、辿って来てその人の耳に入れば、ぷつりと消えてしまう。次には、物言わぬ霊魂が、歩いて来る。
女は、始めてせなければならぬ仕事をそこに投げ捨てた。一種の怖しさに手が
戦いた。
解し難き不可思議に身の毛が
慄えた。
なおも耳を傾げている。断続的に吹く風がやんで、天地がしんとすると、遠くから歩いて来る小さな足音。とぼとぼとあちらにさまよい、こちらにさまよいながら、ふと、窓近くなるとぷつりと止った。誰かが、家の内を覗いているらしい。立聞きをしているらしい。女は、一夜、泣声と足音に、苦しめられた。
薔薇色の、朝日の光りが、障子の破れ目から射し込んだ時、女は青い顔をして始めて、
蘇生った思いがした。早速、森に行って見た。白い花の咲いている木を
目標に近づいて見ると夜の間に、何の獣か知らないが、地中から死骸を掘り出そうとして、地を掻いた爪の痕が付いている。頭の上では、黒い鳥が木に止って女のするさまを見下ろしていた。
女は、家に帰って、白い土器を持って来た。それを土に埋めて、中に水を入れ、上の白い花の枝を手折って
挿して、うずくまって、神に死児の
冥福を祈った。
頃は、初夏である。白い雲が、森の上に湧き出た。