花は、
季節の
移りとともに、だんだん
少なくなり、
散ってゆきました。はちはレールの
上にとまって、
日の
光を
浴びて、じっとしていることもありました。
「もう、じきにトロッコがきますよ。」と、レールは、
眠っているはちを
揺り
起こしてやったこともあります。はちは、
飛び
去りました。
空の
色は
青々として
晴れていました。はちは、どこへいっても
自由であったのだけれど、やはり、このあたりから
去りませんでした。
高い
山には、
秋がきて、はやくも
冷気のたつのが、ずっと
里のほうよりは
早うございました。いろいろの
虫が、
自分たちの
身の
上を
悲しんで
泣いています。けれど、はちは、その
地面をはっている
虫のようには
悲しみませんでした。どこへなりと
飛んでゆこうと
思えばいけたからです。けれど、やはり、
彼は、
古巣のかかっているところを
恋しがっていました。
夏のはじめの
時分には、どんなに、
自分たちは
楽しかったろう。このあたりは、
自分たちの
朗らかに
歌う
唄の
声でいっぱいであった。そして、
紫や、
赤や、
青や、
黄や、
白の
美しい
花たちは、いずれも
自分たちの
姿をほめはやしたものだ。そして、すこしでも
長く、
自分のところにいてもらいたいと
願ったものだ。しかし、もう、
自分たちの
仲間は
散ってしまった。
美しい
花は、とっくの
昔に、なくなってしまった。けれど、なんで、もう一
度ああいうことがこないといえよう……。はちには、こんなことも
空想されたのでした。
太陽が、だんだん
方向を
変えて、レールの
上がかげり、
地の
上が
冷たくなって、
下の
枝には
終日、
日の
当たらないことがあるようになってから、
彼は、
高い
枝にからんだ、つたの
葉に
止まっていたのでした。いつしか、そのつたの
葉もまた
赤く
色づいてきたのであります。しかしやさしいつたの
葉は、
自分のやがて
散ることも
忘れて、つねに、はちを
慰めていました。
「もう、じきに
太陽が
上がりますよ。そうすると
暖かになります……。」と、つたの
葉はいいました。
であるのに、たえず、すぎの
若木は、
周囲の
草や、
木や、
虫などを
冷笑っていたのです。
「
俺は、ひとり
戦わなければならない。みんなが、いくじなく
枯れたり、
散ったり、
死んだりしてしまったとき、
吹雪と
嵐に
向かって
叫び、
戦わなければならない。」と、
誇り
顔にいっていました。
しかし、だれも、それに
対して
反抗するものはなかったのです。すべて、すぎの
若木のいうとおりだったからです。
石炭に
止まって、はちがじっとしていると、
「
私たちといっしょに
町へゆきませんか。
私たちはどうせ
工場へつれてゆかれるだろうけれど、あなたは、
町へいったら、
自由にどこへでも
飛んでゆきなさるがいい。
町は、にぎやかで
暖かだということを
聞いています。
私たちもまた
町へはじめてだが、そこは
明るくていろいろな
美しいものがあるということです……。
私たちといっしょにゆきませんか。」と、
石炭は、はちに
向かっていいました。
はちは
考えました。
自分は、あまり
寒くならないうちに、
隠れ
場所を
見いださなければならないが、この
野原の
中にしようか、それとも
石炭がゆこうとしている
町にしようか、もっと
考えてみなければならない。
年とった
仲間は、
冬の
雪のある
間を、
寺のひさしの
下に
隠れ
場を
造ってはいっていたというから……このあたりは、
雪が
深く
積もって、
適当な
場所が
見いだされないかもしれない。なるほど、
石炭のいうように、このまま
町へゆくとしようかと、
美しい
翅を
震わしてはちは
考えていました。
このとき、トロッコの
上に
乗っていた
労働者は、はちに
目をとめると、
「この
辺に
巣があるとみえて、いつか
俺の
足を
刺しやがった……。
殺してくれようかな。」といって、
足を
揚げて、はちを
踏みつぶそうとしました。しかし、はちは
危ないところを
脱れて
飛び
立ちました。その
後で、
石炭がとばっちりを
食って
大騒ぎをしていました。
はちは、レールについて、もとの
場所へ
帰ろうと
思いました。そこにはやさしい、つたの
葉が
待っていたからです。
はちは、レールについて
飛んでくるうちに、レールが
苦しそうに、
身を
曲げて
地面をはっているのに、はじめて
気がついて、
「なんで、あなたは、そんなようすをしているのですか。」と、はちは、レールにたずねました。レールは、ものすごい
目つきで、はちを
見上げて、
「
私が、こうして、
苦しんでいる
姿は、いまはじめて
気がついたのですか。もう、
長い
間ここにうめいている。それも、
老いぼれたくぎめがしっかりと
私の
体を
押さえていて
放さないからだ……。」と、うらみがましく
答えました。
はちは、こんな
強そうに
見えるレールにも、こうした
悩みと
苦しみとがあることを、はじめて
知ったので、なおも
子細に、そのようすを
見とどけようと
思って、くぎが
押さえているところへいってみました。
なるほど、
赤くさびた、
老いぼれたくぎが、いっしょうけんめいにレールを
押さえつけているのでした。はちはそこへ
飛んできてとまると、
「なぜ、そんなにあなたはレールを
押さえつけているのですか。」と、たずねたのであります。
「
俺は
人間からいいつかったことをしているのさ。」
「しかし、あなたとレールとは、もと
同じ一
家ではありませんか。
兄弟といってもいいでしょう。」と、はちは、
同じ
鋼鉄でできていたから、そういったのです。
「しかし、
俺が
人間からいいつかったことを
忘れて、
手を
放したら、なにか
悪い
結果になりはしないかと
心配するのだ。」と、
赤くさびたくぎがいいました。
「だが、あなたは、だいぶ
年をとっていられますから、すこしぐらい
休まれたって、だれも
不思議とは
思いますまい。」と、はちは
答えたのであります。
さびたくぎは、なるほどというような
顔つきをして、はちのいうことを
聞いていました。
はちが、やがて、
赤いつたの
葉の
上にもどってきました。つたの
葉は、
空を
見上げながら、
「また、あらしになりそうですね。」と、
心配そうな
顔つきをしていました。
ひとり、すぎの
若木は、
傲慢に、
強そうなことをいっていばっていたのであります。
赤さびのしたくぎは、はちのいったことから、つい
気がゆるんでレールを
押さえつけていた
手を
放しました。すると、レールは、すかさずに、
曲げていた
体を
伸ばしたのです。このとき、トロッコが、ほかの
石炭を
積んで
山から
下ってきました。つたの
葉の
上にとまっていたはちは、
先刻の
石炭は、いまごろどこへいったろう……。
町の
工場へは、まだ
着くまいと
思っていた
瞬間に、トロッコが
脱線して、
異様な
音をたてたかと
思うと、こちらへすべってきてすぎの
若木のかたわらにひっくり
返