雪だるま
小川未明
いいお天気でありました。もはや、野にも山にも、雪が一面に真っ白くつもってかがやいています。ちょうど、その日は学校が休みでありましたから、次郎は、家の外に出て、となりの勇吉といっしょになって、遊んでいました。
「大きな、雪だるまを一つつくろうね。」
二人は、こういって、いっしょうけんめいに雪を一処にあつめて、雪だるまをつくりはじめました。
そこは、人通りのない、家の前の圃の中でありました。梅の木も、かきの木も、すでに二、三尺も根もとのほうは雪にうずもれていました。そして、わらぐつをはきさえすれば、子供たちは圃の上を自由に、どこへでもゆくことができたのであります。
頭の上の空は、青々として、ちょうどガラスをふいたようにさえていました。あちらこちらには、たこがあがって、籐の鳴り音が聞こえていました。けれど、二人は、そんなことにわき見もせずに、せっせと雪を運んでは、だるまをつくっていました。昼前かかって、やっと半分ばかりしかできませんでした。
「昼飯を食べてから、またあとを造ろうね。」
二人は、こういって、昼飯を食べに、おのおのの家へ帰りました。そして、やがてまた二人は、そこにやってきて、せっせと、雪だるまを造っていました。
ほんとうに、その日は、いい天気でありましたから、小鳥も木の枝にきて鳴いていました。しかし、冬の日は短くて、じきに日は暮れかかりました。西の方の空は、赤くそまって、一面に雪の上はかげってしまいました。その時分にやっと、二人の雪だるまは、みごとにできあがったのであります。
「やあ、大きいだるまだなあ。」といって、二人は、自分たちのつくった、雪だるまを目をかがやかして賞歎しました。次郎は、墨でだるまの目と鼻と口とをえがきました。だるまは、往来の方を向いてすわっていました。二人は、明日から、この路を通る人たちがこれを見て、どんなにかびっくりするだろうと思って喜びました。
「きっと、みんながびっくりするよ。」と、勇吉はいって、こおどりしました。そして、懐の中から自分のハーモニカを取り出して、だるまの口に押しつけました。ちょうど、だるまが夕陽の中に赤くいろどられて、ハーモニカを吹いているように見えたのであります。
空の色は、だんだん冷たく、暗くなりました。そして、雪の上をわたって吹いてくる風が、身にしみて寒さを感じさせました。
「もう、家へ帰ろう。そして、また、明日ここへきて遊ぼうよ。」こういって、その日の名残をおしみながら、別れて、二人は自分の家へ入ってゆきました。あとには、ただひとり大きな雪だるまが、円い目をみはって、あちらをながめていました。
次郎は、夕飯を食べるとじきに床の中に入りました。そして、いつのまにかぐっすりと眠ってしまいました。ちょうど、夜中時分でありました。そばにねていられたおばあさんが、いつものように、
「次郎や、小便にゆかないか。」といって、ゆり起こされましたので、次郎は、すぐに起きて目をこすりながら、はばかりにゆきました。そして、またもどってきて、暖かな床の中に入りました。家の外には、風が吹いています。寒い晩でありました。晴れていて、雲がないとみえて、月の光が、窓のすきまから、障子の上に明るくさしているのが見られました。
次郎は、どんなに、だれも人のいない家の外は寒かろうと思いました。それで、すぐにねつかれずに、床の中で、いろいろのことを考えていました。ちょうど、そのときでありました。圃のあちらで、だれか、ハーモニカを吹いているものがあったのであります。
「いまごろ、だれだろうか? 隣の勇ちゃんかしらん。こんなに暗く遅いのに、そして寒いのに、独りで外へ出ているのだろうか……。ああ、きっとお化けにちがいない!」次郎は、こう思うと、頭からふとんをかむりました。そして、息の音を殺していました。翌日起きてから外に出てみますと、圃の中には、昨日つくった雪だるまが、そのままになっていました。雪だるまは、ハーモニカを口に、往来の方を見守っていました。そこへ、勇吉がやってきました。
「次郎ちゃん、おはよう、雪だるまは凍って光っているね。」
「夜中に、勇ちゃんは、外に出て、ハーモニカを吹いた? 僕は、夜中に、ハーモニカの鳴るのを聞いたよ。」
「うそだい。だれが、そんな夜中に、ハーモニカを吹くものか?」
「そんなら、きっとお化けだよ。」
「お化けなんか、あるものか、次郎ちゃんは、夢を見たんだよ。」
「だって、僕は、ハーモニカの音を聞いたよ。」と、次郎はいいましたけれど、勇吉は、ほんとうにしませんでした。
その日の夜のことであります。次郎は、ふたたび夜中に、ハーモニカの音を聞きました。こんどは次郎は、だれが吹いているか、それを見ようと、勇気を出して、戸口まで出てのぞいてみました。外は昼間のように月の光が明るかったのです。脊の高い、黒いやせた男が、雪だるまと話をしていました。その男のようすは、どうしても魔物であって、人間とは見えませんでした。からだは全体が、細く黒かったけれど、目だけは、光っていました。
「明日の晩には、うんと雪を持ってきよう。」と、黒い魔物はいいました。次郎は、風の神だと思いました。その中に、黒い魔物は、かきの木の枝に飛び上がりました。そして、悲しい声で身にしみるような叫びをあげると、長い翼をひろげて、遠くへと飛んで消えました。