雪の上の舞踏
小川未明
はるか北の方の島で、夏のあいだ、働いていました人々は、だんだん寒くなったので、南のあたたかな方へ、ひきあげなければなりませんでした。
「お別れに、みんな集まって、たのしく一晩おくりましょう。」と、それらの人たちは、話しあいました。
丘の上に、一つの小屋があります。それには、赤い窓がついていました。ある晩のこと、彼らは、そこへ集まりました。そこで、男も女もまじって食卓についたのです。食卓の上には、いろいろのくだものや、魚や、鳥や、獣物の肉などがならべられ、また、色のかわった酒が、めいめいの前においてあったコップに、そそがれていました。
このかんばしいにおいは、小屋の窓から外へながれでたのです。島にすんでいたきつねは、このにおいをかいで、たまらなくなりました。そして、どこからながれてくるのだろうと思って、さがしにきました。
きつねは、小屋の中で、人間たちが、たのしそうにごちそうを食べているのをながめました。外は、暗くなって、夕やけは、わずかに森の頭にのこっているばかりです。これにひきかえて、へやのうちは昼間のように明るかった。
「人間は、ああして、たのしそうに暮らしているが、私たちは、いつも、おなじくらしでつまらない。」と、きつねは、思って、こちらの木の下に立って、ひらかれた窓から見える中のようすに見とれていたのです。
そのうちに、食事をおわったとみえて、みんなは、食卓からはなれて、歌をうたい、楽器をならして、ダンスをはじめました。中にも、女たちは、美しかった。みんなが、いちばんいい着物をきて、持っているだけの指輪をはめてきたからです。そして、男も、女も、調子をとって、おもしろそうにおどったのでした。指輪についている宝石からは、青い光や、金色の光が、女たちのからだを動かし、手をふるたびにひらめいたのでした。
「まあ、なんという美しいことだろう。」と、きつねは、感心してながめていました。がんらい、道化者のきつねは、いつしか、見ているうちに、自分までうかれごこちになって、みょうな腰つきをしておどりだしたのでした。
その晩は、おそくまで、小屋の中は、にぎやかだったのです……。しかし、いまは、寒い、寒い、冬でありました。白く、雪は、島の上をうずめていました。あの人たちは、いまどこにいるか、おそらく、来年の春になって、島の雪がとける時分、やってくるときのことなどを考えていると思われたのでした。
はげしく風が、雪の上を吹くばかりで、あたりは、しんとしていました。きつねは思い出したように、ためいきをついて、
「ああ、つまらない。」といって、空をあおぎました。いつしか、日は暮れてしまって、星がきらきらと輝いていました。
「なにが、そんなにつまらない。」と、星がいいました。その大きな星は、北海の空の王さまだったのです。
「お星さま、私は、さびしいのです。いつか、人間たちが、おどったように、私も、おどってさわいでみたいのです。」
と、きつねは、答えた。
星は、黒い海や、寒さのためにふるえている森や、窓が閉まって、人の住んでいない小屋などを見下ろしながら、うなずきました。
「おまえのいうのは、もっともだ。おどったら、いいだろう。」と、星は、いいました。
「お星さま、いくら、私がおどりたいと思っても、ひとりではつまらのうございます。」
「それはそうだ。ほかにも、仲間があるにちがいない。森へいって、ふくろうに相談してみるがいい。」と、星は、いいました。
きつねは、森の中へゆきました。ふくろうは、たいくつそうに、体をふくらまして、口のうちでぶつぶついっていました。きつねは、そのことを相談しました。すると、ふくろうは、目をまるくして、
「それは、いい考えですね。私も、たいくつで困っていたところです。私は唄をうたいましょう。」といいました。
「だれか、楽器をひくものはないかしらん。」と、きつねは、考えました。
すると、ふくろうは、
「それは、風のおばあさんにかぎりますよ。さっき、破れた手風琴をさげて、あちらへゆくのを見ました。」といった。
そこで、ふくろうときつねは、ふたりで、風のおばあさんをさがしてあるきました。おばあさんは、一本の葉のおちつくした木立の下にすわっていたので、すぐに見つけました。
「おばあさん、おどりの仲間にはいって、手風琴をひいてくださいませんか。」
というと、おばあさんは、喜んで、承知してくれました。
きつねは、ほかに、わかい、美しい女たちが仲間にはいったら、どんなにか、にぎやかだろうと思った。そうすれば、自分たちの舞踏も、人間にまけるものでないと考えたから、
「おばあさん、もっと、私たちのほかに、わかい、美しい女たちはないものでしょうか。」と聞きました。なんといっても、おばあさんは、島のすみから、すみまで知らないところはなく、それに年寄りに似ず、さとりが早いから、ないものでもないと思われました。
おばあさんは、木の下にすわったままで、
「それなら、私が、雪女をよんできてあげましょう。また今夜あたり、人魚が、岩の上にいないものでもない。いたら、人魚も、つれてきてあげましょう。」と、いったのでありました。
この北方の島の真夜中に、白い雪の平野で、すばらしい舞踏会がひらかれたのです。ふくろうが唄をうたい、風のおばあさんがこわれた手風琴をならし、きつねを先頭に、雪女、人魚というじゅんに、思い、思いに、手をふり、からだをまげて、おどったのであります。雪女の白い歯、水晶のような瞳からはなつ光と、人魚のかんむりや、首にかけた海中のめずらしい貝や、さんご樹のかざりからながれるかがやきは、人間の指輪についている宝石の光の類ではなかったのでした。
「ああ、のどがかわいた。」と、ふくろうがいいました。
「ああ、腹がすいた。」と、きつねがいいました。
しかし、そこには、酒も、果物も、その他の食べものもなかったのです。このつぎの時分には、人魚が海から食べるものをたくさん用意してくるといいました。そして、風のおばあさんは酒を、きつねは、森や、林から、なんとかして木の実を集めてもってくるといいました。その舞踏会は、いつのことでありましょう。やがて、みんなは解散しました。空の星と、木立とここに集まったもの以外に、この舞踏会を知っているものがありません。それは、海の波もこおりそうな、寒い、寒い、夜のできごとでありました。