君は僕の家来
ようやくその
野原を
通りこして、かなたの
森の
中から
学校の
屋根が
見える
村はずれにさしかかりますと、いままでどこかに
隠れていた
太郎が
飛び
出してきて、まっさきになって
歩いてきた
乙に
突きあたりました。
乙は
不意をくらってたじたじとなって
雪の
中に
倒れてしまいました。
「
僕はなんにもしないじゃないか。」
と、
乙は
雪の
中に
倒れながら、うらめしそうに
太郎の
顔を
見上げていいました。
太郎はじっと
雪の
中に
倒れて
自分を
見上げている
乙を
見下ろしながら、
「なんで、
先だって
僕が
遊ぼうといって
呼んだときにこなかったのだい。
君は
僕の
家来になるといったんだろう。」
と、
太郎はくるくるした
黒目を
光らしていいました。
その
間に、
甲・
丙・
丁などは、すきをうかがって
逃げ
出して
早く
学校の
門へ
入ってしまおうと、あちらに
駆け
出しました。
太郎は、そのほうをしりめにかけて、あえて
追おうとはいたしませんでした。
「あ、
僕が
悪かったのだから
堪忍しておくれ。」
と、
乙は、わなわなとふるえながら
太郎にたのんでいました。
「きっとかい。
僕の
家来になったのなら、
帰りに
待っておれ。いっしょに
帰るから、うそをいったら、
今度ひどいめにあわしてやるから。」
と、
太郎はいって、
自分は
先になって
学校の
方へゆうゆうと
歩いてゆきました。その
後から
乙はついてゆきました。
その
日の
午後、
授業時間が
終わって
学校から
帰るときに、
甲・
丙・
丁は、いちはやく
逃れて
帰ることができました。けれど、
乙だけは
太郎と
約束をしたので
逃げて
帰ることができずに、ついに
太郎といっしょに
帰ることになりました。
乙は
太郎がどんなことをいい
出すかしらんと
心のうちでおそれていました。
太郎は
乙をふり
向いて、
「
君、
海へいってみようよ。」
といいました。
海には一
里ばかりありました。
広い
野原を
越して
高いおかを
上ってそれを
下りなければ、
海を
見ることができなかったのです。
「
海なんかおもしろくないじゃないの。」
と、
乙はさも
迷惑そうにいいました。
「
君は
冬の
雪の
降っている
海を
見たことがあるかい。それは
盛んだぜ。
毎晩ゴーゴーといって
鳴り
音が
聞こえるだろう。
僕は
海を
見ながらハモニカを
吹くんだぜ、
僕といっしょにゆこう。」
と、
太郎はくるくるした
目をみはりました。
「だって
帰りがおそくなると、お
母さんにしかられるもの。
海なんか
遠くて、ゆくのはいやだ。」
乙は
泣き
声を
出していいました。
「ほんとうにいやだなら、いじめてやるぞ。」
と、
太郎は
雪路の
上に
立って、
怖ろしいけんまくをしてみせて
乙をおどしました。
乙は
大きな
声をあげて
泣き
出しました。ちょうどそこへ、
乙の
知ったおじいさんが
通りかかったもので、
「おい、けんかをしていかんぞ。」
といったので、
太郎は
独りであちらへいってしまい、
乙はおじいさんに
連れられ、その
日は
家に
帰りました。
雪の上のハモニカ
その
明くる
日、
甲・
乙・
丙・
丁はまた
集まって
相談いたしました。
「おい、
君が
悪いんじゃないか、いちばん
先に
君が
逃げたんだぜ。」
「
僕じゃない、いちばん
先に
逃げ
出したのは
君だぜ。」
彼らは、たがいに
前の
日のことをいい
争いましたが、ついに、もうこれからは、かならずいっしょになって、
太郎を
敵として
戦わなければならぬということに
決めました。
四
人の
子供らはその
日から
隊を
組んで
隣村へ
出かけていって
太郎とけんかをしました。しかし
先方はいつも
太郎一人でありました。
太郎は
例の
大きな
目をみはって
路の
上に
立って、こちらを
見ています。するとこっちでは、四
人の
子供が
口々に
太郎をめがけてののしって、
雪を
握っては
投げつけました。おおぜいに
一人ですから、
遠く
隔てて
雪を
投げるのでは、いつも
太郎に
雪球が
多くあたりました。そして四
人の
子供は
凱歌をあげて
村へ
帰りました。
学校へゆくときも四
人はそろって
太郎にあったら、
必死となって
戦う
覚悟でありましたから、
太郎は、それを
見てとってか
容易に
手出しをいたしませんでした。
こうなると
甲・
乙・
丙・
丁らは、まったく
自分らが
勝ったものと
思いました。そして
家に
帰ると四
人はそろって
太郎を
征伐するのだといって
出かけました。しまいには四
人のほかにも
年下の七つ八つぐらいの
子供が三
人も四
人も
後からついてきたのであります。しかるに
太郎のほうはいつも
一人でありました。
太郎は
路のまん
中に
立って
勇敢に
戦いました。こちらは、たとえおおぜいであったけれど、だれひとりとして
進んでいって
太郎と
組み
打ちをしようというほどの
勇気のあるものはなかったのであります。
ある
日のこと、こちらのおおぜいのものは、
隣村の
方へ
出かけてゆきました。けれど、いつもそこに
立って、こちらを
向いておおぜいを
迎えている
太郎の
姿が
見えなかったのであります。
「どうしたんだろうね、
太郎が
見えないよ。」
と、
甲がいいました。
「どこかに
隠れているんだろう。」
と、
乙がいいました。そして、いつまで
待っていても
太郎の
姿が
見えませんでした。その
日はそれで
帰りましたけれど、また
明くる
日になっても
太郎の
姿が
見えませんでした。
学校へいっても、また
家へ
帰ってから
出かけていっても、ついに
太郎の
姿は
見えなかったのです。
子供らは
口々に、どうしたのだろうといっていました。するとそこへ、
隣村から
見なれない
男の
人が
子供らの
遊んでいるところへやってきて、
「おい、おまえがたは、よく
太郎とけんかをしたが、
太郎は、もういなくなったぞ。」
その
男の
人はいいました。
子供らは
顔を
見合って、
「
小父さん、
太郎くんは、どこへいったのだい。」
その
見なれない
男に
聞きました。
「どこへいったか
私も
知らない、
太郎は
遠くへいってしまったんだ。」
と、その
男はいいました。
子供らは
不思議でならなかったのです。しかるに一
日、
雨が
降ってその
明くる
日はいい
天気になったときに、
雪の
上は
鏡のように
堅く
凍って、どこまでも
渡ってゆくことができました。
村の
子供らは、ちょうど
日曜日であったから、みなうちつれ
合って、
歌いながら
雪の
野原を
越えて、はるかかなたに
海の
見える
方までやってきたのでした。すると、かなたには
灰色の
海が
物悲しく
見えて、その
沖の
方は
暗くものすごかったのでありました。
「ああ、これは
太郎の
吹いていたハモニカだ。こんなところに
落ちていたよ。」
といって、
乙は
雪の
上に
落ちていたニッケル
製のハモニカを
拾い
上げました。それはいつか
太郎が
吹いているのを
見て
覚えがあるのでした。
「どうして、こんなところに
落ちていたろうね。」
と、
丙がいいました。
「きっと
太郎は
海のあっちへいって、
自分の
味方を
連れてくるんだろう。そして、
仇うちをするんだろう。そうすると
怖ろしいな。」
と、
乙がいいました。みんな、おそれを
抱いて
海の
方をながめました。そして
声をあげて
村の
方へ
逃げ
帰りました。
寒い
北風が
吹いている。