日语学习网
笑わなかった少年(1)_小川未明童話集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3466

 


ある日ひのこと、学校がっこうで先生せんせいが、生徒せいとたちに向むかって、
「あなたたちはどんなときに、いちばんお父とうさんや、お母かあさんをありがたいと思おもいましたか、そう感かんじたときのことをお話はなしください。」と、おっしゃいました。
みんなは、目めをかがやかして、手てをあげました。最初さいしょにさされたのは、竹内たけうちでありました。
「私わたしが、病気びょうきでねていましたとき、お父とうさんは毎晩まいばんめしあがるお好すきな酒さけもお飲のみになりませんでした。そして、お母かあさんは、ご飯はんもあまりめしあがらず、夜よるもねむらずにまくらもとにすわって、氷こおりまくらの氷こおりがなくなれば、とりかえたりしてくださいました。僕ぼくは、コツ、コツと氷こおりの砕くだける音おとをきいて、しみじみとありがたいと感かんじました。」と、答こたえました。
先生せんせいは、これをきくと、おうなずきになりました。ほかの生徒せいとたちも、みんなだまって、おとなしくきいていました。そのつぎに、さされたのは、佐藤さとうでありました。佐藤さとうが、立たちあがると、みんなは、どんなことをいうだろうかと、彼かれの顔かおを見守みまもっていました。
「僕ぼくも、やはり竹内たけうちくんと同おなじのであります。いおうと思おもったことを、竹内たけうちくんがみんな話はなしてくれました。」
佐藤さとうの答こたえは、ただそれだけでありました。先生せんせいは、こんど、小田おだをおさしになりました。彼かれは、組くみじゅうでの乱暴者らんぼうものでした。そればかりでなく、家いえが貧乏びんぼうとみえて、いつも破やぶれた服ふくを着きて、破やぶれたくつをはいてきました。くつしたなどは、めったにはいたことがないのです。みんなの視線しせんは、たちまち、小田おだの顔かおの上うえに集あつまったのはいうまでもありません。
彼かれは、立たち上あがると、
「私わたしのお母かあさんは、お金かねのないときは、自分じぶんのだいじなものも売うって、僕ぼくのためにいろいろなものを買かってくださいます。そんなとき、私わたしはじつにすまないと感かんじます。」といいました。すると、先生せんせいは、
「いろいろなものとは、どんなものですか。」と、おききになりました。小田おだは、その答こたえに困こまったらしく、しばらく、うつ向むいてだまっていましたが、やっと顔かおを上あげると、
「僕ぼくの月謝げっしゃや……また、どこかへ帽子ぼうしをなくしたときには、お母かあさんは、自分じぶんの着物きものを売うって、買かってくださいました。」と、答こたえました。
この言葉ことばは、みんなに少すくなからず動揺どうようをあたえました。なかには、また、くすくす笑わらうものさえありました。しかし、先生せんせいが、笑わらうものをおしかりなさったので、すぐに静しずかになったけれど、小田おだは、そのとき、みんなから、なんだか侮辱ぶじょくされたような気きがして、顔かおが赤あかくなりました。
そのとき、ひとり隣となりに並ならんで腰こしをかけている北川きたがわだけは、笑わらいもしなければ、じっとしてまゆひとつ動うごかさず、まじめにきいていました。小田おだは、心こころの中なかで、彼かれの態度たいどをありがたく思おもったのです。
小田おだのお父とうさんは、もう死しんでしまって、ありませんでした。ひとりお母かあさんが、手内職てないしょくをして、母子おやこは、その日ひ、その日ひ、貧まずしい生活せいかつをつづけていました。
彼かれは、学校がっこうから帰かえると、今日きょうのお話はなしをお母かあさんにしたのでした。その日ひあったことは、なんでも帰かえってからお母かあさんに話はなすのが常つねでありました。これをきくと、お母かあさんは、
「あんまり、おまえが家うちのことを正直しょうじきにいったものだから、みんなに笑わらわれたのですよ。」と、目めに涙なみだをためて、おっしゃいました。
「お母かあさんが、僕ぼくのために、自分じぶんの大事だいじになさっているものもなくして、買かってくださるのを、僕ぼくがありがたく思おもっているといって、いけないのですか。」
「いえ、正直しょうじきにいって、すこしも悪わるいことはないんですけど……。」

分享到:

顶部
09/29 03:16