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五、夏の雲(5)
日期:2025-06-27 16:51  点击:258

「真剣の定義がちがうんじゃないかな」

   は厳しい口調で言った。「勝負してみませんか。そちらの十人と、こっちの一年生十

人で湖畔を走って、タイムを競うんです」

  あからさまな挑発に、走の脳は沸騰した。 に向かい、

「やってやろうじゃないか」

  と怒鳴る。 が走りに打ちこんでいるのはわかるが、だからといって竹青荘の住人たち

を侮あなどるのは許せない。 の態度は、このあいだまでの自分自身の姿を見るようで、

不快でたまらなかった。走を押しとどめようと、今度は清瀬が走の腕をつかんだが、それ

を振り払ってなおも言う。

「おまえは俺に、言いたいことがあるんだろ。だったら俺とおまえで勝負すればいい。俺

に勝てないからって、このひとたちを巻きこむのはよせよ!」

「あいっかわらず、蔵原は自信過剰だな」

   もひるまずに応戦した。いまにも殴りあいがはじまりそうな二人のあいだに、さすが

に両校のものが割って入った。ニコチャンに羽交い締めされた走は、まだ息も荒く をに

らむ。 もチームメイトに両腕を取られたまま、走を蹴ろうと脚をばたつかせていた。

「勝負なんかしてる場合か?」

  走と に言いきかせるように、清瀬は静かに告げた。「練習に専念しろ」

   はチームメイトから腕を取りかえし、乱れたジャージを整えた。順繰りに、走と竹青

荘の面々を見る。

「楽しいか?」

  と、 は低く尋ねた。「やっとできた仲ヽ間ヽと一緒に走るのは、楽しいか蔵原」

「もういい」

  清瀬はさえぎり、 に背を向けた。「帰ろう」

  清瀬にうながされたが、走は動かなかった。仲間なんて言葉を、おまえが使うな。怒り

と悔しさで、頭の芯が痛むほどだ。走はニコチャンの羽交い締めから逃れ、 をにらんだ

まま、じっと立っていた。 は言葉をつづける。

「おまえをもてはやしてくれるやつらと、仲良くかけっこできて満足か?」

「ちがう!」

  おまえらこそ、俺の速さをもてはやすばっかりだったじゃないか。そのくせ、裏には嫉

妬とライバル意識が渦巻いていて、俺はあの高校の陸上部が大嫌いだった。表面上は仲の

いいふりをして、陰で足を引っ張りあうような真似をするおまえらが、ヘドが出るほど嫌

いだったよ。

  走はそう言いたかったが、憤りのあまり、うまく言葉にならなかった。頭の片隅に、

になにを言われてもしかたがない、という思いもあった。

  俺のしたことが、 は許せないんだ。耐えろ、と自分に念じ、走は拳を握りしめた。俺

のせいで、 は高校最後の大会に出場できなかったんだから、怒るのは当たり前だ。ニラ

が吠えてるなあと思って、耐えるんだ。

「いま、仲良くかけっこできてるのに、どうしてあのときはできなかったんだよ。なんで

俺たちの努力を無にするようなことをしたんだよ。ちょっと我慢すればいいことだった

じゃないか」

  無理、耐えられない。ニラはかわいいけど、 はかわいくねえから!   に畳みかける

ように問いただされ、走はあっさりと忍耐を放棄した。

「我慢がきかない性格なんだよ、俺は!」

  ライオンも逃げそうな気迫で反撃する。俺のほうこそ、「なんで」と言いたい。なん

で、あの息苦しくてたまらない部内の空気に、おまえは黙って耐えるばかりだったんだ。

言葉が胸にあふれたが、それを口にするまでに、走はいつも時間がかかる。走の反撃は、

象の行進みたいな の勢いに、あっけなく踏みつぶされてしまった。

「いい気になるなよ蔵原!」

   は低い声音で一息に言った。「試合に出られなくても、どうせ自分だけは大学からお

呼びがかかると踏んでたんだろうけど、残念だったな。おまえは結局のところ、自己中で

勝手な……」

「もういい、と俺は言ったはずだが」

  清瀬のひんやりとした声音が、サバンナの猛獣合戦といった様相を呈していた二人を凍

りつかせた。走は我に返り、すぐ後ろに立つ清瀬をそっとうかがう。清瀬は氷のような無

表情だ。清瀬の背後では双子が、「もうやめとけ」「ハイジさんが爆発寸前」と、身振り

手振りで必死に忠告を寄越していた。

  走が戦意を喪失したのを見て取ると、清瀬は底冷えのする視線を に向けた。

「きみにも言い分があるのはわかる。だが走はいまは、寛政大学の選手だ。無闇に傷つけ

たり動揺させたりするのは、やめてもらいたい」

  今度こそ帰るぞ、と清瀬は宣言し、走を林道のほうへ押しやった。Tシャツの裾を引っ

張られ、走は清瀬とともに歩きだす。

「 くんにナニしたわけ、走は」

「さあ?  でもなんか、各方面からモテモテって感じ?」

  キングとジョータは、こそこそと想像をたくましくする。さっさと来い、と清瀬に言わ

れ、竹青荘の住人たちは駐車場から引きあげはじめた。

「土壇場でそいつに裏切られないように、あなたがたも気をつけたほうがいいですよ」

   が投げかけた言葉に、清瀬はちょっと振り返って笑みを浮かべた。

「俺たちがいかに仲ヽ良ヽくヽ真剣に走っているか、予選会で見せてあげよう。ああ、で

もきみたちは雑用で手一杯で、見る暇がないかもしれないな。ま、頑張ってレギュラーの

座を獲得してくれ」

「おとなげないのはどっちだ」

「性格悪いんだよ、ハイジは」

  ニコチャンとユキは肩を震わせる。寛政大の陸上部は、レギュラー争いとは無縁だから

気楽だ。

「十人しかいない弱小部にも、いいところがあるということです」

  ムサは気の毒そうに、悔しげな東体大の一年生たちを見た。

  走は、隣を行く清瀬をうかがった。青筋は消えていたが、なにか考えこんでいるらし

く、表情は険しいままだ。また迷惑をかけてしまった。あふれそうになるため息を、必死

に飲み下す。

「すみません、ハイジさん」

「きみが謝る必要はない」

  やっぱり怒ってるのかなと思い、走は逡巡してから、言葉を選び直した。

「ありがとう、ハイジさん」

「どういたしまして」

  と清瀬は言った。 のカーブが、さっきよりは柔らかくなっていた。そうか、こういう

ときは礼を言えばいいんだな、と走ははじめて気づく。ハイジさんは、俺をかばってくれ

たんだから。憤りと苛立ちが拭い去られていく。気持ちが軽くなった走は、走りだした。

「風呂を沸かしておいてくれ」


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06/29 10:56