とユキが言った。双子は腹痛も忘れ、焼き肉への喜びを全身で表現している。葉菜子は
うれしそうに、激しく旋回する双子を目で追っている。走はなぜか憂鬱な気分になり、そ
んな自分を変だなと思った。
勝手口の足拭きマットに寝そべっていたニラが、ぱたぱたと尻尾で床を掃く音がした。
軽トラックの荷台に乗ってやってきたニラも、竹青荘の住人たちとひさしぶりに会えたこ
とがうれしいようだった。
翌日はよく晴れた。
バンでハイキングコースに到着した走は、思いきり深呼吸した。冴え冴えとした空気に
は、甘い草の香りが混じっている。白い雲が緑の山肌に影を落とし、東へ向かって流れて
いく。
大家と葉菜子は軽トラックで、ハイキングコースまでついてきた。葉菜子がしばらく滞
在すると知って、全員がいつも以上に張り切っていた。
別荘の二階は、大家と葉菜子が増えたために、すし詰め状態だ。壁に紐を渡してシーツ
をかけ、葉菜子のためのスペースを確保したから、なおさら狭い。いくら高原の夜とは
いっても、密着して雑魚寝するのは寝苦しかった。
それでも、葉菜子を歓迎しないものはいない。まだ短い時間を過ごしただけだが、商店
街を代表して、竹青荘の住人たちを一生懸命応援しようとしていることは、充分伝わって
きたからだ。
「奇跡だよねえ。外見もかわいくて、性格もいいなんて」
と、神童がつぶやく。
「はい、葉菜子さんはきれいです」
とムサも同意した。
「しかしわからないのは、ジョータとジョージを好ましく思ってるらしいことだ」
神童は首をかしげ、
「子馬引く?」
とムサも首をかしげた。神童が、「ううん、子馬は引かない。好ヽまヽしヽくヽ」と地
面に枝切れで字を書く。
ニコチャンは練習前のストレッチをしながら、「あの子はもしかして、趣味が悪いん
じゃねえかな」と言った。
走は苦笑した。葉菜子はいまも、恋心を雄弁に目で語りながら、双子からハイキング
コースについて説明を受けている。
「で、双子のどっちを好きなんだ?」
と、同じ光景を眺めていたユキが、走に尋ねた。
「さあ」
「聞いておいて」
「なんで俺が」
「同じ一年だろう」
そんなことが理由になるもんかと思ったが、先輩には逆らいにくい。走は曖昧にうなず
き、練習メニューを確認するために、清瀬のほうへ歩いていった。
清瀬は大家に、練習内容をレクチャーしていた。
「今日はコースを八周しようと思っています。約二十五キロ。走と俺は、最初の一周は十
二分で入って、徐々にペースを上げ、最後は十分を切るまで持っていきたいところです。
ほかのものにも、レベルに合わせたペースを指示しますが、一番遅い王子でも、最初の一
周を十六分で入ってもらうつもりです。これでいいでしょうか」
「いいよいいよ、ハイジに任せる。好きにやってくれ」
大家は葉菜子を遠目に眺めるのに夢中で、てんで上の空だ。
「大家さんって、監督なんですよね?」
走の小声の問いかけに、清瀬は笑った。
「うん、まあいいんだ。こういうひとだから。いざというときには、頼りになる」
「本当ですか?」
「……たぶん」
清瀬は羽織っていたジャージを脱いだ。「はじめるぞ」
正午が近づくにつれ、日射しが強くなった。風はさわやかだが、山頂付近には日光をさ
えぎるものがないから暑い。葉菜子がコースの途中に立って、手作りのプロテイン入りレ
モン水を渡してくれた。
走りながら受け取り、水分補給する。
「ものすごくまずくないですか、これ」
ざらついた酸っぱい液体に、走はえずきそうになった。いくら体にいいからといって、
レモンにプロテインはないだろう。成分が分離して、胃壁にこびりつきそうだ。
「まずいな」
清瀬も、猫の轢れき死し体たいを目撃したような表情になった。「でも飲んでおけ。こ
の気温だと、脱水症状を起こすかもしれない」
からになったストローつきのボトルを、コースの外に投げる。あとで回収して、また使
うのだ。周回遅れで走るメンバーの背中が見えてきた。みんなへばっているようだ。追い
越しざまに、清瀬は声をかけた。
「ペース落ちてるぞ。だからといって、時計を見すぎるな。なるべく体で感覚を覚えるよ
うにして」
「暑いのに複雑な指示出すな!」
非難を浴びながらも、走と清瀬は決めておいたペースを崩すことなく、二十五キロを走
り抜いた。
さすがに体力を消耗し、息があがる。軽く流すように走ってクールダウンし、ストレッ
チをして筋肉をほぐす。汗まみれのTシャツを脱ぎ、リュックに入れてきたタオルで体を
拭いた。
洗濯したてのシャツに着替え、走と清瀬は木陰に腰を下ろした。まだ走っているものた
ちが、次々に目の前を通りすぎていく。呼吸が荒い。
「苦しかったら無理するな! ……と、言っても無駄か」
清瀬の声を聞いても、だれも走りやめない。春先の姿からは想像もできないほど、みん
な一生懸命に練習をこなしている。
葉菜子が来て、走の隣に座った。汗くさいんじゃないかなと気になって、走は清瀬のほ
うにちょっと尻をずらした。清瀬がくすりと笑った。
「一日に何キロぐらい走ってるの?」
と葉菜子が聞いた。
「その日の調子や個人差によるけど……、四十キロぐらいかな」
「えー!」
と葉菜子が大声を出したので、走はびっくりして腰を浮かしかけた。清瀬がまた、くす
りと笑った。
「なんですか」
と、にらむと、