「主将はだれかな? メンバーはここにいるきみたちだけ?」
キャプテンなど特に決めていなかったが、全員が自然と清瀬を目で指した。清瀬はしぶ
しぶ、といった感じで、
「主将の清瀬灰二です。メンバーはこれで全員です」
と言った。
「清瀬くんって、もしかして」
と記者は記憶を探ったようだ。「故障したって聞いていたけど、陸上をつづけていたん
だね。それに、そっちのきみは、仙台城西高にいた蔵原くんじゃないか?」
走は答えず、ニコチャンの背後で身を小さくした。
「そういうおじさんは、だれなの?」
ジョージが尋ねると、記者は「失礼」と言って、名刺を清瀬に渡した。
「月刊陸上マガジン 編集 佐さ貫ぬき信しん吾ご」
と書いてあった。
「ちょっと話を聞かせてくれないか。十人だけで、箱根駅伝に出ようとしてるの?」
佐貫は手早く、いくつかの質問をした。監督の名に「ほう」とうなったり、箱根で活躍
しないとアパートの家賃が上がると知って、「それは本気にならざるをえないね」と笑っ
たり。なかなかの聞き上手だった。
翌日も早朝から、佐貫は湖畔の道に姿を現した。ジョッグする竹青荘の面々を見学した
佐貫は、朝練が終わった走たちに近づき、こう言った。
「おもしろいね、きみたちは。ほとんどのメンバーが素人同然だが、ものすごく伸ヽびヽ
しヽろヽがあることが、とてもよくわかる」
褒められたのかけなされたのかわからず、みんなは黙っていた。佐貫はなんだか楽しそ
うに、一人でうなずいた。
「きみたちみたいなチームが、箱根をもっと刺激的なレースにするのかもしれないな。誌
面の都合で、今回は東体大の記事しか載せられないが、知りあいの新聞記者に、きみたち
のことを伝えておくよ」
「新聞!」
と、キングが唾を呑みこんだ。いやな雲行きだな、と走は思った。
佐貫の仕事は速かった。合宿も終わりに差しかかったころ、読売新聞社の記者が、白樺
湖の別荘を尋ねてきたのだ。箱根駅伝を共催しているため、特集記事などを積極的に載せ
る新聞だ。
「『月マガ』の佐貫さんから、きみたちの話を聞きました。おもしろそうだから、休暇を
利用して白樺湖に遊びにきたんですよ」
布ぬの田だ政まさ樹きという新聞記者は、穏やかな物腰でそう言った。佐貫と同じぐら
いの年齢だろう。
王子は、「『月刊陸上マガジン』の略称が『月マガ』なの? それじゃなんの雑誌なの
かわかんないじゃない。『月ヽ刊少年マヽガヽジン』とかぶっちゃうし」とつぶやいた。
またなにか漫画関係の話をしてるんだなと察し、竹青荘の住人たちはもちろん王子の発言
を無視する。走はさりげなく、ダイニングから台所へ引っこんだ。
「まだ予選会を通過したわけではないから、スポーツ面では扱いにくいということになり
まして。でも、小さな陸上部が、頑張って箱根を目指しているというのは、読者のかたに
も興味を持ってもらえる記事だと思うんですよ。掲載は東京限定になってしまいますが、
ぜひ地方版にご登場いただきたい」
布田の丁寧な申し込みに、清瀬も否とは言いにくかったらしい。竹青荘の住人たちは、
取材を受けることになった。布田はすぐに、地方版担当の記者とカメラマンを送りこんで
きた。ふだんの生活ぶりや、箱根にかける意気込みなど、主に双子とキングが問われるま
まに答えた。カメラマンは、白樺湖畔での練習風景と、別荘のまえに集合したメンバーの
写真を撮った。
長い合宿を終え、竹青荘に帰ってきたちょうどその日に、記事は大きな写真とともに掲
載された。神童とムサは喜んで、新聞をいっぱい買ってきた。記事は切り抜かれて、竹青
荘の台所にも飾られたし、商店街にも配られた。大学の掲示板にも、勝手に貼った。もち
ろん神童とムサは、故郷の家族へ、手紙とともに切り抜きを送ることも忘れなかった。
反響は上々で、商店街にできた即席後援会はますます盛りあがっているし、大学側も陸
上部に期待を寄せはじめている。竹青荘の住人のほとんどには、それぞれの家族から電話
がきた。
「もちろん、佐貫さんも布田さんも、予選会から本格的に取材してくれると言っていま
す」
と、神童はコップに地酒をつぎ足した。「でも今度は新聞じゃない。テレビだ」
「テレビ!」
キングが驚きの声をあげた。
「箱根駅伝を放映している日テレから、連絡が来たんですよ。僕は知らなかったんだけ
ど、予選会も放映してるんですってね。それで、予選会に出る大学のなかでも、特に注目
の何校かを、当日密着取材するらしい」
「おいおい、それに俺たちが選ばれたのかよう」
と、キングはもう身を震わせはじめている。
「めでたいことですねえ」
と、ムサも感に堪えない様子だ。
「まだ正式に返事はしていないんだよ」
と神童は言った。「テレビカメラが気になって、予選会に集中できなかったら本末転倒
だし。みんなの考えを聞こうと思って」
「さんせーい、テレビ取材さんせーい!」
とジョータが挙手し、
「断る理由なんかないじゃない」
とジョージは言った。キングは、
「俺、そろそろ床屋に行こうと思ってたんだよな」
と緊張の脂汗を流しながら、身だしなみを気にしている。
「私も、テレビに映りたいと思います」
とムサが微笑んだ。「ビデオに録画して、家族に送ったら、きっとみんな喜ぶでしょ
う」
「僕も、取材はいいことだと思っているんだ」
と神童が考えを述べた。「親が喜ぶというのもあるけれど、なにより、宣伝効果が期待
できるからね」
「そうだな」
と清瀬は腕組みした。「ほかのものは、どう思うんだ?」
清瀬の視線が、まだ意思表明をしていないメンバーのうえを流れる。