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八、冬がまた来る(4)
日期:2025-06-27 16:59  点击:245

  俺は、暴力ではないやりかたを選ぼうとしている。

  牙を抜かれたようで心もとなかったが、六道大の藤岡に近づけているような気もして、

少しうれしくもあった。

  清瀬は、

「気にするな」

  とみんなに言った。「さあ、芦ノ湖までもう少しだ。行こう」

  正面に見える富士山は、真っ白な雪を戴いている。竹青荘の面々は、芦ノ湖へ至る最後

の下り坂を一気に駆けおりていった。

「気にするなって言われても、気になるよな」

  と走りながらジョータがぼやき、ジョージがうなずいたのを、走は見逃さなかった。

   の言葉によって、竹青荘に入った亀裂が、よりはっきりと姿を現しだしたようだっ

た。

  湖畔で少し休憩してから、帰りの山下りに挑むことになった。走もさすがに驚いて、

「一泊するんじゃないんですか?」

  と尋ねた。清瀬の答えは、「そんな金がどこにある」だった。王子はじりじりと、箱根

湯本行きのバス停へ後退していく。清瀬は笑って言った。

「心配しなくても、きみは走らなくていいよ、王子。山下りは、故障の原因になりやすい

からね。六区にエントリーする可能性のあるものだけ、走ってもらう。残りは、バスで先

に箱根湯本まで戻っていてくれ」

  清瀬は双子とユキを指名した。ユキは、

「俺の脚は故障してもいいっていうのか」

  と納得がいかなさそうだ。

「きみと双子はさっき、大おお平ひら台だいから小こ涌わき谷だにまで、箱根登山鉄道に

乗っただろう。俺の目を盗みおおせるとでも思っているのか?」

  と清瀬は言った。「山を下る余力はあるはずだ。ユキは剣道をやっていたせいか、重心

が低く安定しているし」

  ユキは口をつぐんだ。双子はまだ、「疲れてんのに、帰りも走ることになっちゃった」

「そんなに練習したってしょうがないのに」と囁きあっている。

「双子、なにか意見があるなら聞こう」

  双子はそろって首を振った。

  双子とユキと一緒に、清瀬も走って山を下りるという。右脚に故障を抱えているのに、

と走は心配になった。

「ハイジさん、俺が行きましょうか。無理しないほうがいいですよ」

「俺はゆっくり行くから、大丈夫だ。ほら、バスが来たぞ」

  うながされ、走たちは路線バスに乗りこんだ。

  バスは箱根山中で渋滞につかまり、走って山を下りるユキと双子に追いつかれる。ゆっ

くり行くと言ったのに、清瀬は飛ぶように坂を駆け下りる三人にぴったりついて、指示や

注意を出しているようだった。

  抜きつ抜かれつしながら、走たちは車窓からその光景を眺める。

「俺たちも走ったほうが早かったかもな」

  ニコチャンが、のろのろと進むバスに業を煮やしてつぶやいた。

「僕は絶対に降りないですよ」

  と、座席に陣取った王子が宣言する。ムサと神童は、急な傾斜を大きなストライドで走

るユキの姿を観察していた。

「なるほど、股こ関かん節せつが柔らかくないと、山下りには向きませんね」

「着地の衝撃をやわらげるために、脚の筋肉の柔軟さと、腰と膝の強さも必要だね」

  キングはめずらしく黙りこくって、真剣な表情で走る双子たちを見つめる。走は、「そ

うか」と思った。

  次につながるものがないのに、箱根駅伝に出てどうなる、と は言った。でも、それは

ちがう。走るというのはもっと純粋な、自分のための行為であるはずだ。

  たしかに、襷をつないでゴールを目指す、という形態の駅伝競技においては、「自分の

ため」が「チームのため」にまで拡大することがある。だが、そこまでだ。

  走るのは、あくまで自分であり、チームメイトだ。それからあと、チームの存亡など

は、箱根駅伝を走る瞬間に考えるようなことではない。

  一番最初に、東京と箱根を駅伝で往復しようと考えつき、実行に移した人々。彼らは

きっと、走ることが好きだったから、そうしたのだ。チームがどうなるか、次の年も同じ

ようにレースが開催されるか、なにも保証はなかった。それでも、走ることに夢を感じた

から、箱根駅伝をはじめずにはいられなかったのだろう。走りに共感するものたちが、あ

とにつづくと信じて。

  だからこそ箱根駅伝の門戸は、関東の大学すべてに対して、常に開かれている。同じよ

うに伝統のある六大学野球とは、そこがちがう。特定の大学に限定していないから、どん

な新設校の学生だろうと、箱根に出たいと願うランナーのまえには、等しく可能性が示さ

れている。

  たぶん、 はこう言いたいのだろう。「強豪校で、走力のあるメンバーとともに走りに

打ちこむ。それこそが競技に取り組むもののありかただし、走る意味だ」と。

   が言ってくることは、いつもべつにまちがってはいない。でも、俺とはちがう。俺の

求めているもの、走りをとおして見つけたいと思っているものとは、なにかがちがうん

だ。

  それでいい、と走は思った。ちがうのは悪いことじゃない。ただ、少し哀しかった。か

つては同じチームで走り、走るという一点ではいまも同じ方向を見ているのに、 とは決

定的に結びあわない部分がある。何年もかけて互いのあいだで育った齟そ齬ごが、とうと

う明らかになるさまを、直視するのはつらかった。

  走たちは箱根湯本の駐車場で、走り終えた清瀬たちが来るのを待った。全員そろってバ

ンに乗り、竹青荘へ向けて出発するころには、すでに夕方になっていた。

  バンのなかで、走は言った。

「俺、ガキのころは毎年、正月に箱根駅伝をテレビで見てました」

「ああ、僕もだよ」

  突然話しはじめた走に面食らいながらも、神童が穏やかに相槌を打つ。

「いつか俺も、こんなふうに走りたい。箱根駅伝に出てみたいって、ずっとずっと思って

た。夢がかなって、うれしいです」

  一緒にバンに乗る人々に伝わるよう、走は懸命に言葉を探した。「だから、来年度に寛

政がどうなるかなんて、考えなくていいと思います。ハイジさんたちが卒業して、チーム

が十人そろわなくなったとしても、それで終わるわけじゃない。俺たちをテレビで見て、

走るっていいなと思うガキが、どっかにいるかもしれない。俺がガキのころに、そう思っ

たみたいに。それでいいんじゃないかと、思うんです」

「もしかして、それは」

  と王子が言った。「さっき東体大の一年に言われたことへの、走なりの返答?」

「はい」



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06/29 10:46