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八、冬がまた来る(5)
日期:2025-06-27 17:00  点击:202

「そういうことは、その場であいつに直接言ってやらなきゃ意味がねえんだよ」

  とニコチャンが顎の無精髭をこすり、

「走は走り以外のことが遅すぎるな。もうちょっと脳を使う訓練をしないと」

  とユキが をひきつらせた。

「すみません」

  と走は謝る。神童とムサは優しく、

「でも走は、ずいぶんちゃんと、自分の意見を言えるようになったね」

「そうですよ」

  とフォローしてくれた。

「幼稚園児みたいな褒めかたされてやんの」

  とジョータにからかわれ、走は羞恥しゆうちで が熱くなるのを感じた。言うべきこと

を言うタイミングを、いつも逃してしまう。そんな自分が腹立たしく、恥ずかしかった。

「でもさ、走」

  キングが後ろの席から顔を出した。「それって綺麗事じゃないか」

「そうだよ」

  ジョージも走の隣で腕組みする。「いくらチビッコが走りに目覚めたとしても、俺たち

にはなんの関係もないもん。むなしくない?」

  それもそうか、とうなずきかけて、走は急いで首を振った。「ちがう」と心のどこかが

叫んでいた。

「きれいだから、つづいたんだと思う」

  と走は言った。「走る姿って、きれいだから。だから箱根駅伝を見たひとは、いいなと

思って、応援したり自分も走ろうと頑張ったりするんだ」

  チームのために、テレビで箱根駅伝を見る子どもたちのために。そしてなによりも自分

自身のために、うつくしく強い走りをする。それに集中するだけだ。

「ホントに走はストイックなんだから」

  ジョージは、あきれたようにも降参したようにも取れるため息をついた。

  清瀬が無言のままハンドルを切り、車は夜の小田原厚木道路に入った。

  竹青荘の様子がテレビのニュースで紹介されると、走たちは大学の構内や商店街で、頻

繁に声をかけられるようになった。「テレビ見たぞ」「がんばれ」という気軽なものか

ら、「人手が必要なら手伝うよ」という申し出まで、さまざまだった。

  だが入部希望者は、さすがにもう現れなかった。清瀬が断りつづけている、という噂

が、学内に流れたためだろう。諦めず、来年の春に竹青荘に来てくれるよう、走は願わず

にはいられなかった。

  レースの本番に向け、事務的な準備も進んでいた。清瀬と神童が中心になり、当日の段

取りを決めていく。

  箱根駅伝では、各大学が沿道にひとを配置する。十五キロ地点での給水要員のほかに

も、走っている選手に情報を伝えるものがいれば、レースを有利に運べるからだ。前後を

走る大学とのタイム差や、ペースを上げるべきか抑えるべきかなど、要所要所で選手に教

えたほうがいい。

  給水要員は、選手と併走して水を渡さなければならない。まったくの素人ではスピード

についていけないので、ある程度の走力のあるものが望ましい。この役目は、寛政大学陸

上競技部の短距離種目の選手たちが、快く引き受けてくれた。

  清瀬と神童は、沿道に配置する人材についても検討した。手伝うと申し出てくれた学生

たちのなかで、コース近くに家があるものをピックアップする。正月返上で駆りだすのだ

から、あまり負担はかけられない。

  商店街のひとたちは、来るなと言っても応援に駆けつけるだろう。遠慮なく、沿道から

の情報伝達係として数に入れた。

  箱根駅伝の当日に向けて、走るだけではない細々とした作業を、清瀬は精力的にこなし

ていった。大学側との折衝や、主催者である関東学生陸上競技連盟との連絡などは、神童

が補佐した。商店街や寛政大の学生ボランティアとのあいだには、葉菜子が立った。葉菜

子は手際よくひとを集め、当日の役割やスケジュールをボランティアたちに指示していっ

た。

  走は、葉菜子の事務処理能力の高さに驚いた。大勢のひとの都合を聞き、うまくことが

進むように調整するなど、走にはとてもできない。葉菜子はどうやら睡眠時間を削ってま

で、走たちが問題なく箱根駅伝を走れるように、あれこれ取り仕切ってくれているらし

かった。

  双子のことが好きだから、というきっかけからはじまったかもしれない。だが、いまや

葉菜子は、陸上競技そのものにも魅せられているようだ。竹青荘にとって、なくてはなら

ない人材になった葉菜子は、頻繁にやってきては、いろいろな打ち合わせをしていった。

「俺たちとばっかりつるんでるけど、葉菜ちゃんって女の子の友だちいないのかな」

  葉菜子がいないときに、キングがふと思いついたように言った。走は「いますよ」と答

えた。なぜだか低い声になってしまった。

  ちょうどその前日、走は学食で葉菜子を見かけたのだ。同性の友人と昼ご飯を食べる葉

菜子は、明るくよく笑っていた。

  友だちとのつきあいもあとまわしで、勝田さんは俺たちのために動いてくれてるんじゃ

ないか。悪気はないのだろうが無神経なキングの言葉に、走はいらいらした。そして、

「あれ」と思った。どうして俺は、こんなに腹を立ててるんだろう。走は少し考えてみ

て、練習で疲れてるからだ、と結論づけた。

  十一月上旬のその夜も、葉菜子は竹青荘で晩ご飯を食べながら、ボランティアの集まり

具合と配置についての報告をした。主に清瀬と神童が、それに対して意見を述べ、葉菜子

が手帳に書き取っていく。

  双子に思いは通じたんだろうか、と走は考える。箱根駅伝の準備に熱心な葉菜子をよそ

に、双子は夕飯をかきこむのに夢中だ。

  必要な打ち合わせを終えたところで、清瀬が切りだした。

「再来週の日曜は、上あげ尾おシティハーフマラソンに参加する」

「上尾というのは、どこですか?」

  とムサが尋ねた。

「埼玉県だよ。市民ランナーも多く参加する、比較的規模の大きなレースだ。ハーフマラ

ソンには、箱根駅伝に出場する大学が招待される。タダで参加できてお得だし、ロードの

練習にもなるし、スタート直後の位置取りや応援のなかを走る経験もできるしで、ちょう

どいいだろう」

  走と清瀬を除いては、高校時代に一般路を走るロードの試合に出たものがいない。箱根

駅伝の予行練習として、上尾シティハーフマラソンは距離も開催時期もうってつけのレー

スだった。箱根に出場が決まったほとんどの大学が、上尾にも参加する。

  きちんとした大会で、ロードを二十キロ以上も走るのははじめてだ。練習の成果を知る

チャンスを与えられ、走は俄然やる気になった。一人でこつこつと練習するのもいいが、

ほかの選手と競りあうことのできるレースが、走はやはり好きだった。

  だが双子は、異を唱えた。



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06/29 10:56