「再来週の日曜? 予定入れちゃったよ」
「語学クラスの友だちと、草サッカーチームを作ってるんだ。やっと試合相手が見つかっ
たから、多摩川の河川敷に行くことになってる」
「断ってくれ」
と清瀬は言った。
「人数がたりなくなっちゃうよ」
「まだ時間もあるし、二人ぐらい、だれか探せるだろう。だいたい、練習しなきゃならな
いこの時期に、草サッカーだと? 怪我でもしたらどうするんだ。最近たるんでるぞ」
清瀬もぎくしゃくした雰囲気に鬱うつ憤ぷんがたまっていたのだろう。いつになく厳し
い口調で、双子を責める。走はどうしたものかと気を揉んで、箸を持った手を意味もなく
中空で上げ下げした。
「練習練習って、そんなに練習して意味あるの?」
ジョージが乱暴にみそ汁の椀を食卓に置いた。「 とかいうやつが言ったとおりじゃ
ん。箱根でいくら頑張ったところで、春が来たら俺たちは、部員がたりなくなっちゃうの
に」
「そうだよ」
とジョータも言った。「俺たちみんな、ハイジさんにだまされてさ。つらい練習を毎日
毎日やってきて、バカみたいだ」
「だます?」
清瀬がパチリと箸を打ち鳴らした。「俺がいつ、きみたちをだました」
「最初に言ったよね、『十人の力を合わせて、スポーツで頂点を取る』って!」
ジョータは叫んだ。「でも、そんなの無理だ。ちゃんと調べた。俺たちの実力じゃ、ど
う頑張ったって六道大には勝てない。箱根で優勝なんてできないんだ!」
そうだそうだと、キングも双子の尻馬に乗った。清瀬はしばし記憶をたどっているよう
だったが、
「たしかに、頂点を取ると言ったな」
とうなずいた。
「ほら見ろ、ハイジさんのうそつき!」
ジョージが糾弾する。食卓のまわりは騒然となった。
ムサが小声で、走に尋ねる。
「本当に、どう頑張っても私たちに優勝は無理なのですか?」
「まあ……」
走は言葉を濁したが、理論を重んじるユキはその点、情け容赦がなかった。
「はっきり言って、無理だろうね。タイムがそれを証明している」
ニコチャンが椅子に座ったまま、やれやれと大きく伸びをする。
「選手の自己ベストタイムを見れば、どんなレース展開になってどこのチームが勝つか、
推測するのは容易だ。それが覆くつがえされることは、よっぽどのことがないかぎり、あ
りえない。そこが、長距離のつまらねえところと言えるかもな」
王子は「ふうん」と、サラダの器に箸をのばした。
「野球でもサッカーでもバスケでも、集団でやるスポーツは、よっぽどの実力差がないか
ぎり、どっちのチームが勝つかやってみるまでわからないものじゃない。うちと六道大に
は、そんなに実力差があるの?」
「あるね」
データを解析済みらしいユキが、再びあっさりと請けあった。「六道大でレギュラーの
選手はみんな、ほかのどの大学に行っても、すぐにエースになれるほどの実力の持ち主
だ。そのうえ、選手層が厚い。箱根にエントリーされない控えの選手、つまり二軍でさ
え、もし箱根を走ったら、俺たちよりいい順位になる可能性が高い」
「六道大は走りのエリートの集まりで、しかもそのなかの精鋭が、僕たちの相手というこ
とですか」
神童が暗あん澹たんとした口調で肩を落とした。
「でも考えようによっては、ラッキーじゃないですか?」
と王子がレタスを咀嚼そしやくする。「六道大の二軍は、速いのに箱根に出られない。
弱っちい僕たちは、それでも予選を通過できたから、箱根を走れる。優勝できなくても箱
根に出られるほうが、やりがいがあると僕は思うけど」
「勝てなきゃ意味ないよ」
とジョージが言い、
「結果がわかりきってるスポーツって、なんのためにやるわけ」
とジョータが天井を仰ぐ。走はむっとし、
「勝ちたいなら、草サッカーしてる場合じゃないだろ」
と、とうとう双子に みついた。「もっと練習して、上尾にも出るべきだ」
「まあた走の理想主義がはじまった」
「練習しようにも、その気になりようがないって言ってんの」
双子がいっせいに応戦する。
「優勝できなきゃ、走れないのか? じゃあおまえら、いずれ死ぬからって生きるのやめ
んのかよ」
「そんなこと言ってんじゃないよ」
「同じことだよ。同じ理屈だろ」
「ぜんっぜんちがう。あと理屈とか言うな。理屈なんてわかんないくせに」
「わかってる!」
「わかってないね、この、走るだけのドーブツ!」
「表に出ろ」
「出てやろうじゃない」
清瀬が「やめとけ」と言っても聞かない。走と双子は食卓越しににらみあったまま、椅
子を蹴って立ちあがった。ムサが走のシャツの裾を引っ張ったが、走は振りほどいた。も
はや大本の原因も忘れられ、論旨も混乱した子どもの喧嘩だ。ユキとニコチャンがにやに
やと成り行きを見守る。王子は感嘆したように、「さっきの生き死にについての走の言葉
は、めずらしく気が利いた言いまわしだったね」とつぶやく。キングは心情的には双子に
近いのだろうが、殴りあいはごめんだとばかりに、素知らぬ顔を決めこむ。
「ちょっと待って、ちょっと待って」
葉菜子が必死に、いまにも台所から出ていきそうな走と双子を手で制した。「落ち着こ
うよ。ほら、もしかしたら六道大の選手が全員、当日に食中毒になるかもしれないんだ
し。ね?」
竹青荘の面々は、声をあげた葉菜子に注目していたが、発言内容に脱力した。
「それはありえないと思いますが……」
ムサが遠慮がちに言う。
「結局、実力では六道に勝てないことに、変わりはないわけだね」
なんのフォローにもなっていない、と神童も嘆息する。だが葉菜子のおかげで、走と双
子のあいだの、いまにも破裂しそうだった緊迫感が、行き場を失ったことはたしかだっ
た。