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八、冬がまた来る(9)
日期:2025-06-27 17:01  点击:251

  とはいえ、双子もちゃんと上尾までついてきた。草サッカーのほうは、かわりのメン

バーを見つけたようだ。清瀬に反発はしても、すっぽかしたり約束を反ほ故ごにしたりし

ないあたりが、ほがらかで律儀な双子らしい。

  ハーフマラソンは、午前九時に競技場内をスタートした。招待選手だけでも、三百五十

人ほどいる。そこに市民ランナーも加わるので、号砲が鳴っても、スタートラインを越え

るまでに時間がかかる。

  スタート地点では、ゼッケン番号順に大勢がひしめきあっているため、ランニングと

ショートパンツのユニフォーム姿でも、寒さを感じなかった。前方に東体大の一団がい

る。 の後頭部を、走はしばし眺めた。二つある のつむじは、走の位置からではさすが

に確認できない。

  清瀬が王子に、スタート時の注意や位置取りについて教えている。

「後ろから押されて転ばないように。あせってまえに出る必要はないから、風よけがわり

に、自分のペースと合う選手の背後につけ。きみの場合は、スパートをかけることは考え

なくていい。とにかく集団から脱落しないように、食いついていけ」

  王子は神妙にうなずく。走は、「もしかしてハイジさんは、箱根の一区に王子さんをエ

ントリーするつもりなのかな」と考えた。一区ではもちろん、出場二十チームの第一走者

が、大手町からいっせいにスタートする。最初は団子状になるから、臆せず、まわりの

ペースをうかがいながら競りあえる選手が向いている。

  王子さんのタイムは、箱根に出場する選手のレベルからすると、決して速くはない。王

子さんを一区に、という起用法は、はたして有効なんだろうか。

  走が考えているうちに、ようやく集団が進みだした。トラックを半周して道路に出るこ

ろには、ばらけて走りやすくなる。

  旧中山道沿いの静かな商店街。川の流れとゴルフ場の緑。空は晴れわたり、体温を上げ

ていく肌に、冬の風が涼しく感じられた。

  交通規制された道路を走るのは、気持ちがいい。走はすぐに、リズムに乗って脚を運ん

だ。沿道の家のひとたちが、門口まで出て声援を送ってくれる。小さな公園で遊んでいた

子どもたちが、懸命に走って追いかけてくる。

  給水は三カ所で行われた。長机に紙コップが並べられていて、ボランティアが手渡しし

ようとする。慣れていないものだから、取りにくい。選手は自転車以上のスピードで疾走

している。走はぎりぎりまで歩道に近づいたが、受け取ったときの衝撃で、紙コップの中

身はほとんどこぼれてしまった。

  それでも、わずかに残っていた水は、ひんやりと澄んでおいしかった。

  折り返し地点手前で、 とすれちがった。 は視線を寄越してきたが、走は気づかない

ふりをした。無理をするなというのが、監督である大家、ひいては清瀬の意向だ。 と

は、どうしたって仲良くはなれそうもない。放っておこう、と思った。

  走は、六道大の選手を注意深く見ていた。さすがにいいフォームだが、みな二軍の選手

のようだった。ほとんど同時に折り返した一年生らしき六道の選手に、走は聞いた。

「藤岡さんは?」

  一年の選手は、突然話しかけられて驚いたようだったが、走の顔と名前を知っていたの

だろう。

「レギュラーのひとたちは、昆くん明みんで高地合宿中」

  と教えてくれた。

「クンミン?」

「中国だよ」

「へええ」

  さすが、六道大はスケールがちがうな、と走はびっくりした。中国で腹を下したりしな

いだろうか。摂生と鍛錬の鬼みたいな藤岡は、そんなへまはやらかさなそうだが。

  一年生の選手は、先に走っていってしまった。走は鼻歌でも歌いたい気分で、一キロ三

分〇三秒ペースを保った。中国合宿で、藤岡はますます力をつけてくるだろう。早く箱根

で会いたい。どちらが速いか、大舞台ではっきりさせてやる。

  再び競技場に戻って、ゴールだ。寛政大は抑え気味のペースだったので、順位はそれほ

どよくなかった。だが、ロードの大会の雰囲気はつかめた。十人のなかで一番タイムの遅

い王子でさえも、走り終わって満足そうな表情だ。箱根の一区間とほぼ等しい距離を、無

理なく走れたという自信がついたのだろう。経験不足のメンバーを、ハーフマラソンに参

加させる。清瀬の目論見は当たったようだった。

  招待校には、主催者から昼の弁当とバナナの差し入れがあった。大会運営テントまで、

神童とムサが取りにいき、段ボール箱いっぱいのバナナを抱えて戻ってきた。

「すごい量」

  ジョータとジョージが箱を覗きこむ。葉菜子はバナナに貼られたシールを見て、

「これ、いいバナナだよ」

  と八百屋の娘らしく品評した。

  手っ取り早くカロリーを摂取できるから、バナナは運動のあとには重宝する。さっそく

皮をむしって、全員で二本、三本と食べているところに、訪ねてきたものがあった。

  見物客と同じようにラフな恰好をした、三十代半ばぐらいの男だ。

「寛政大の陸上部ですよね?」

  と男は言った。ジョージが三本目のバナナを口につめこみ、

「ほうれすけど」

  と男を振り仰ぐ。「なにか?」

「蔵原くんはいるかな」

  男はそう言ったが、視線はしっかりと走をとらえていた。走の顔を、あらかじめ認識し

てきたようだ。

「ちょっと話を聞きたくてね」

  走は立って、男が差しだした名刺を受け取った。「週刊真実  望月周二」と書いてあっ

た。

  居合わせたほとんどのものは、万引き犯をつかまえた件で、記者が取材に来たのだと

思っただろう。だが走にはわかっていた。この男は、俺の過去を嗅ぎつけてきたのだ、

と。

「きみは、仙台城西高出身だね」

  と望月は切りだした。清瀬がさっと顔色を変えて立ちあがったのが、視界の端に映っ

た。

「はい」

  と走は答えた。

「先日、万引き犯をつかまえたらしいじゃないか。新聞で見たよ」

  望月はさも感心したように、おおげさに眉を上げてみせる。「正義感にあふれた、ス

ポーツマンのなかのスポーツマンだと、きみの地元でも話題みたいだよ。特に、仙台城西

の陸上部周辺で」

  清瀬が走の隣に来て、望月に相対した。

「うちの選手に、勝手に取材しないでください」

「すぐに終わりますから」

  望月はへらへらと笑う。だが、目は鋭く光っている。


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06/29 10:47