ジョージにつきそうことを決めたからには、ジョージのほうを好きなんだろうと思った
のだが、葉菜子はジョータのことも応援にいってしまった。しかも、じっとしていられな
いとばかりに、見ず知らずのひとの自転車をぶんどってまで。
どっちなんだよ。もしかしてどっちもか?
そんな思いにかられ、ニコチャンはジョージに「いい子だよなあ、おい」と話を振った
のだが、ジョージときたら、
「うん、そうだね」
とにこにこしている。
こいつ、やっぱりわかってねえ。
ニコチャンはため息をつき、平塚中継所に次々とやってきたトップ集団に、意識を戻し
た。真中大、六道大、房総大の順だ。六道と房総の一騎打ちになるかと思われた往路だ
が、意外な健闘を見せる伏兵の存在に、見物客たちも沸き立っている。
その後方にも、ほかの大学の選手の姿が、どんどん大きくなって迫ってきていた。
「兄ちゃんだ、兄ちゃんが抜いたよ!」
ジョージがはしゃぐ。ニコチャンも、「どれ」と道路に身を乗りだした。黒と銀のユニ
フォームを着たジョータが、城南文化と前橋工科の選手を抜いたところだった。歩道で自
転車を漕ぐ葉菜子ですら、併走しつづけるのが難しいスピードだ。そのあいだにも、中継
所には上位のチームの襷がリレーされていく。
「おー、走ってる走ってる」
ニコチャンは、ジョージの背を叩いた。「もうすぐだぞ。準備はいいか」
「オッケーオッケー。兄ちゃんばっかりにいいカッコさせないよ。俺も走っちゃうもん
ね」
ジョージは明るく言い、足首をまわしてほぐした。寛政のまえを行く喜久井大と東体大
とは、まだかなり距離がある。
「ジョータが順位を上げたからって、無理はするな。実力とタイム差からして、そうそう
抜くことはできねえ。まえのチームとの距離を縮められたら御おんの字と思って、行くこ
とだ」
「わかった」
ジョージはうなずき、係員の呼びだしに応えて、中継ラインに出た。ニコチャンも脇に
立って、ジョータの到着とジョージの出発に備える。
東体大が九位で平塚中継所に来た。大手町をスタートしてから、三時間十九分五十八秒
が経っていた。東体大に遅れること十秒で、喜久井大が十位で襷リレー。そして喜久井大
から十五秒後に、ジョータがジョージに寛政大の襷を渡した。
ここまで、三時間二十分二十三秒。寛政大はとうとう、十一位まで順位を上げてきた。
三区、二十一・三キロを走ったジョータのタイムは、一時間〇四分三十二秒で区間十位とい
う好成績だった。
しかしニコチャンには、それを喜ぶ余裕がなかった。鬼き気き迫せまる形相で走ってき
たジョータが、ジョージに襷を渡しながら、
「葉菜ちゃん、もしかしたら俺たちのこと好きかも!」
と言ったからだ。
「ええっ、うそー!」
という叫びをあとに残し、ジョージは走り去っていった。中継所に居合わせた人々の視
線が痛い。
「おまえら、真剣にやる気あんのか」
ニコチャンは走り終えたジョータの肩を抱き、隠れるように中継所の奥に引きずりこん
だ。
「あるってば」
ジョータは膝に手をつき、ぜえぜえと息を整えた。「なんでいままで、教えてくれな
かったの」
「葉菜ちゃんがおまえらを好きだってことをか?」
「うん。それとも俺の勘違い?」
「そうじゃあねえだろうな。しかしなんで、よりによっていま気づくかねえ。ジョージが
動揺したらどうすんだ」
「なにがですか? なにかあったの?」
澄んだ声音に振り向くと、葉菜子が立っていた。自転車は持ち主に返したらしい。額に
浮かんだ汗をぬぐい、「すごかったね」とジョータに笑いかける。
しゃがみこんでいたジョータが、首筋まで赤くなった。ぎこちなく立ちあがり、「う
ん、ありがと」と、葉菜子の顔をまともに見ることもできないでいる。
おいおい、ジョータがこの状態ってことは、ジョージも……。ニコチャンはぼりぼりと
頭を いた。
「ハイジに電話だな、こりゃ」
葉菜子がきょとんと、ニコチャンを見た。
走と清瀬は箱根湯本の駅前で、芦ノ湖行きのバスを待っていた。交通規制が敷かれるま
えに、箱根の山を登りきらなければならない。同じことを考える人々は多いらしく、山に
至る一本道は渋滞していた。
「十一位ですよ、ハイジさん!」
寒さを紛らわすために足踏みしながら、走は携帯テレビの音量を上げた。平塚中継所の
模様を伝えるアナウンサーの声も、興奮気味だ。
「平塚中継所をトップで襷リレーしたのは、真中大! 箱根四連覇を狙う六道大は、九秒
遅れで二位につけています。三位は房総大。トップとの差は三十秒ありません。いやあ、
三区が終わって、予想外の展開になってきましたね、谷や中なかさん」
解説者の谷中が、あとを引き取る。
「はい。今大会は六道と房総の一騎打ちになるかと思われていましたが、真中ががっちり
絡んできました。このあとの四区、そして山上りの五区でどんな動きがあるのか、これは
楽しみです」
「四位から十位まで、動地堂大、大だい和わ大、甲府学院大、西京大、北関東大、東体
大、喜久井大と、箱根常連校が順当に占めていますからね。往路の順位だけではなく、明
日の復路、そして総合優勝も、どこが手にするのか、まったく予断を許しません」
「注目は十一位の寛政大ですよ」
谷中は感に堪えない様子でうなった。「一区では最下位だったのに、その後着実に順位
を上げてきていますからね。十人しかいないチームとのことですが、どの選手も地力があ
る。選手の特性に合った、うまい起用法をしていますし。これはもしかするとシード権獲
得圏内、いや、最終的にはもっといい順位に入る可能性がありますよ」
「意外と言ってはなんですが、意外な健闘を見せております、寛政大。しかし谷中さん。
寛政大は、四年生が三人いますよ。もしシード権を獲得できたとして、来年はどうなるん
でしょう。メンバーがたりなくなってしまいますが」
谷中は「そうですねえ」と笑った。