日语学习网
十、流星(4)
日期:2025-06-27 17:11  点击:221

  房総大とのタイム差どおりにスタートできる、最後のチームが城南文化大だった。係員

に呼ばれ、一斉スタートするチームがあわただしくライン上に並ぶ。

  ユキはかたわらの人垣を見た。神童は見物客の波に飲みこまれそうになりながらも、

しっかりとユキを見守っていた。

「大手町で」

  とユキは言った。歓声にまぎれ、声は届かなかったかもしれないが、神童はうなずい

た。

  城南文化大の十秒後、合図とともに五チームの選手は同時に走りだした。ユキの眼鏡は

一気に温度を上げた体熱で曇り、吹きつける寒風ですぐに明瞭な視界を取り戻す。

  路面には薄く雪が積もり、平坦な場所を歩くのにも神経を払わねばならない状態にあ

る。だが、そこを走るとなれば、足もとをしっかり確認している余裕もない。一歩を踏み

だすごとに、シャーベットのような積雪が脚に跳ねる。最新機能を満載した軽いシューズ

をもってしても、路面を蹴る足裏がわずかにすべるのを防ぐことはできなかった。

  湖畔の道から国道一号の最高点までの、最初の四キロはおおむね上り坂だ。同時に出発

した五校のなかから、ユーラシア大の選手がまえに出た。ユキは迷わずついていく。最初

の一キロで腕時計を確認すると、三分二十秒を切るペースだった。

  上りで、路面の状態が悪いことを思うと、やや速すぎる。でも、ここで食いついていか

なかったら、寛政大が復路で順位を上げることなどできない。それに、とユキは考える。

六区に起用されたもので、一万メートルの記録が二十八分台なのは、六道大の選手一人し

かいなかったはずだ。つまり、六区の選手はそれほどスピード力を重視されていない、と

いうことだ。

  最高点から先は、箱根湯本の町に出るまで、六区のほぼすべてが下り坂だ。平地でのタ

イムがそれほどよくなくても、下り坂なら、勢いに乗ればいやでもスピードは出る。大切

なのは、起伏によって走りを切り替える器用さと身体的なバランス感覚、恐れを知らずに

坂を駆け下りられる思いきりのよさだ。

  最初の上りを多少のハイペースで入っても、体力は充分に温存できる。そう判断したユ

キは、ひるまなかった。

  湖畔から離れ、山への道を上る。最高点の手前で一度、小さなアップダウンがある。そ

の最初の下りに差しかかりながら、ユキは再度腕時計を見た。清瀬の指示は、「上りは一

キロ三分二十秒ペースで」というものだったが、ユキはいま、一キロ三分十五秒ペースで

来ていた。

  行ける、と確信した。体が軽く、アップダウンに応じて、意識せずとも足運びを切り替

えられた。

  先に出発した城南文化大を吸収し、六校で形成していた下位集団から、東京学院大と新

星大が早くも振り落とされようとしている。

  ユキはまえを行くチームをひとつでも多く抜くことしか考えていなかった。もう寒さも

気にならない。一息に最高点まで上りつめる。

  十五キロ近くもつづく下り坂が、散る雪の彼方に延々とうねって待ち受けていた。

「速すぎないか?」

  戸塚中継所に着いた走は、ジョージとともに携帯テレビを熱心に覗きこんだ。画面に

は、五キロ地点であるフラワーセンター正門前を通過するユキたちの姿が映しだされてい

る。

「でも、六区は五キロ十三分台で走るのが、普通のペースだって聞いたよ?」

  ジョージはいつもどおり屈託なく言ったが、走の不安は解消されなかった。それは、本

格的に下りに入ってからのペースだ。下り坂一辺倒になれば、スピードを殺すのは走って

いる本人にもむずかしい。下りのリズムに体が乗り切ったら、百メートルを十五秒台で駆

け下りるのも不可能ではない。二十・七キロという長い距離を走るにもかかわらず、場所に

よっては短距離走なみの速度が出るのが、六区なのだ。

  だが、最初の五キロには上り坂もあったし、路面の状態も悪いというのに、十六分で来

ている。ユキの走力からしても、これは明らかにオーバーペースではないかと、走には思

えた。

「ハイジさんに電話してみる」

  ジャージのポケットから携帯電話を取りだした走に、

「心配性なんだからなあ」

  とジョージはちょっと肩をすくめてみせた。

「はい、清瀬」

  屋外のざわめきとともに、電話はすぐに清瀬の声を伝えてきた。清瀬もすでに、鶴見中

継所に到着しているらしい。

「ラジオを聞いてますか?」

「王子の携帯に、テレビ機能がついていた。王子もさっき気づいたんだが。それを見て

る。最近の携帯はすごいんだな」

「はい。って、そうじゃなく……」

  王子のマイペースぶりと清瀬の機械オンチぶりに、走はめまいを覚えた。「ユキ先輩の

走り、ちょっと速すぎないですか」

「ああ。大家さんに電話したいところだが、無駄だろうな。箱根の山道では、監督車が選

手に密着して走ってないから」

「どうするんですか」

「どうしようもない。あとは下りだ。いまさらペースを落とすのは馬鹿のすることだし、

ユキがすべって転ばないように祈るしかないだろう」

  あらゆる懸念をふっきったようで、清瀬は軽やかな笑い声を発した。「それより走、

ちゃんとジョッグとウォーミングアップをしておけよ。俺はこれから、ニコチャン先輩と

キングにも連絡を取らなきゃいけないから、またあとでな」

  通話は切れ、走はため息をこぼした。

「平気だってば」

  ジョージが走の手から携帯を取った。「走はもうちょっと、俺たちを信じなきゃ」

「信じる、か」

  走は足首をまわし、ジョッグの準備をしはじめた。「そういえば勝田さんも、そう言っ

てた」

「は、葉菜ちゃんが」

  ジョージは一気に赤くなり、「なんで、葉菜ちゃんの話題を出すの」と聞いてくる。

「なんでって?」

「それ、わざとなのか天然なのか、どっちだよ」

  要領を得ない走の返答にしびれを切らし、ジョージは改めて走のほうに向き直った。

「あのね、俺は葉菜ちゃんのことが好きだ」

「知ってる」

「知ってんの!  どうして!」

「昨日、ニコチャン先輩が電話でそう言ってたから」


分享到:

顶部
06/28 20:35