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十、流星(27)
日期:2025-06-27 17:18  点击:256

  絶対に諦めない。届いてみせる。

  左折して中央通りに入る。オフィスビルや百貨店が建ち並ぶ、華やかな道だ。残り二キ

ロ。脚が痛い。襷が重い。物理的に重かった。昨日からの雨と雪と十人分の汗が染みたそ

れは、ただの布とは思えないほど、ずっしりとした重みを肩に伝える。

  残り一キロ。首都高速の高架に覆われた日本橋を渡る。日の射すことのない場所で、川

は海へ向かって静かに流れる。

  日本橋を渡ってすぐ左折する。地鳴りのような歓声と、応援部の鳴り物の音が押し寄せ

てきた。ゴールまでの残り八百メートルは直線だ。もう一度首都高と電車のガードをくぐ

る。

  ビル風が強く吹き抜けた。

  清瀬は前方に、求めつづけていたものを見た。「東京箱根間往復大学駅伝競走」と書か

れた横断幕の下に、竹青荘の住人たちが立っていた。清瀬に向かって叫んでいた。

  ゴール地点だ。とうとうここまでたどりついた。

  清瀬はまた一段、加速した。あと五十メートル。まにあうか。俺の時間だけ止めてく

れ。時間を超えたい。鋭く飛翔するように走るのはいまだ。清瀬は上体をやや前傾させ、

ラストスパートをかけた。

  右脛の骨が、ぱきりと音を立てた。その瞬間だけ大観衆の発する声援が途絶えたよう

に、清瀬の耳は不思議と、自分の骨がはがれる小さな音をはっきりとらえた。

  痛みは脂あぶら汗あせとなって、全身からどっと流れた。体が右側にかしごうとするの

を、踏みとどまってまえに進む。ゴールで走が泣きそうな顔をしている。悲鳴と絶望を抑

えたその顔は、怒っているようにも見える。

  ばかだな、走。俺は大丈夫だ。

  必ずそこまでたどりつく。強く吹く風が教える。俺は走っている。俺の望んだとおりの

走りを、俺はいま体現している。すごくいい気分だ。これほどの幸福はない。

  ああ――。清瀬はふと、視線を空に移した。ビルのうえに広がる空には、厚い雲がか

かっている。だが清瀬はたしかに目にした。

  その一角に薄日が射し、白くほのかな光を宿すのを。

  ゴール地点では、優勝した六道大のメンバーのインタビューがはじまっていた。紫色の

ジャージを着た陸上部員が勝利に沸き、そこここではしゃいでいる。

  その輪のなかにありながら、藤岡はやはり静かにたたずんでいた。走はあわただしく行

き交う選手や係員に押されながら、藤岡を見た。藤岡も走に気づく。目が合った数秒で、

互いの健闘を称える挨拶は無言のうちにすんだ。

「まにあった!」

  という声とともに、走の背中に飛びついてきたものがいた。ジョージだ。東京駅から

走ってきたらしい。キングは息をきらしている。

「どうなった?」

「さっき、房総大が二位でゴールしたところだ。一位の六道大とは、結局四分四十一秒の

差があった」

「六道は王者の座を譲らず、か」

  ジョージはうなったが、すぐに気を取り直して明るく言った。「まあいいか、俺たちが

いずれ引きずりおろしてやるんだから」

  ジョージの言葉は自信にあふれていた。走ももう、「無理だ」と一いつ蹴しゆうしよう

とは思わなかった。「よし、やってやろう」と言えば、本当に実現できそうな気がした。

  十人で箱根を目指す。多くのひとが夢物語だと笑ったことを、走たちはやりとげたのだ

から。

  午後一時四十一分。大和大が三位でゴールした。清瀬の姿は見えない。六道大の優勝イ

ンタビューのために、寛政大が何番目につけているのか、テレビから得られる情報は途絶

えた。

「そろそろ、ゴールラインの近くにいきましょうか」

  ムサが所在なさげに提案する。

「まだ早いんじゃねえか」

  と言いつつ、ニコチャンは移動をはじめた。

「東体大はどうなったんだ」

  ユキのつぶやきに、走もなぜか小声で「わかりません」と答える。不安と期待に肺が押

しつぶされそうだ。竹青荘の住人たちとともに、走は遠慮がちにゴールライン付近ににじ

り寄っていった。

「また選手の姿が見えてきました!」

  アナウンサーの声が、ビルのあいだにこだまする。「北関東大です。そして、その次に

ガード下から現れたのは……」

「ハイジさん!」

  走は叫んだ。

「あ、ほんとだ!」

「ハイジ、走れー!  無理せず全力で走れー!」

  ジョージとキングが塊になって飛び跳ねた。疾走するハイジに呼びかけ、大きく手招き

する。

「寛政大!  五番目に大手町にやってきたのは、なんと寛政大です!」

  アナウンサーも興奮のあまり声を枯らす。「たった十人だけのチーム。箱根初出場の寛

政大が、なんと五番目に姿を見せました!  一区では最下位、その後順調に順位を上げた

ものの、五区でまさかのブレーキ。今日の復路を、十八番目でスタートした寛政大で

す!」

「いいよ、改めて言わなくて」

  と王子はつぶやき、神童は居心地悪そうに足踏みした。

「しかし、寛政大の快進撃はそこからまたはじまりました!」

  アナウンサーの声は潤みを帯びて震えはじめた。「六区で岩倉選手が区間二位、九区で

は蔵原選手が区間新記録。そして十区、アンカーの清瀬選手も力走し、いま、大手町に

ゴールしようとしています!  まさに、十人の力で走りきりましたね、谷中さん」

「はい」

  と、谷中の声が低く答えた。「この小さなチームの果敢な挑戦は、箱根駅伝がつづくか

ぎり語りつがれるでしょう。寛政大の出場によって、今大会はきわめておもしろく、刺激

的なものになりました」

  谷中の言葉に、歓声は一段と大きくなった。寛政大のジャージを着たものたちに向かっ

て、沿道から、ビルの窓から、拍手が湧き起こる。ジョータは肩を震わせてうつむき、神

童は静かに目を閉じた。

  降り注ぐ声援のなか、走は近づいてくる清瀬をじっと見ていた。脚の痛みをこらえてい

るのがわかる。だが清瀬はスピードを落とさない。東体大とのタイム差を、一秒でもひっ

くりかえそうとしている。

  もういいです、それ以上無理をしないでください。そう言いたい気持ちを、走は必死に

飲みくだす。清瀬はいま、魂と肉体のすべてで走っている。みなぎる気迫が周囲を撃つよ

うだ。最後の加速をかけるために、清瀬の体がきらめくような力を放つ。


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06/27 23:59