(いしだ ばいがん)
江戸中期の思想家。通称は勘平。石門せきもん心学の祖。丹波生れ。京都に講席を開き、商人の役割を肯定するなど、庶民を教化。著「都鄙問答」「斉家論」「石田梅岩語録」など。(1685~1744)
石門心学:
江戸時代、神?儒?仏の三教を融合して、その教旨を平易な言葉と通俗なたとえとで説いた一種の庶民教育。修錬のためには静座などを重んじ、社会教化には道話を用いる。石田梅岩を祖とする石門心学に始まり、手島堵庵?中沢道二に伝えられ、さらに柴田鳩翁に至って大いに拡張され、一時は65ヵ国、149の講舎を所有。