日语学习网
アビ農場の屋敷(2)
日期:2024-02-20 14:57  点击:292

 だが私たちが部屋に入ったとき、敏捷なまなざしを向け、美しい顔に警戒するような表

情を浮かべたので、彼女の才智も勇気も、あの恐ろしい経験によっても挫 くじ かれていない

ことがわかった。彼女は青と銀のゆるやかな化粧着をきており、アクセサリーに黒い古代

ヴェネティアのシークイン金貨をつけた夜会服が、背後の寝椅子の上にかけてあった。

「ホプキンズさん。あなたには事件のいっさいをお話ししたはずですわ。どうか私に代

わってお話ししてあげてくださいません? そうね、でもどうしてもとおっしゃるなら、

私からお話ししますけれど。こちらの方はもう食堂をご覧になったんですの?」夫人は疲

れたように言った。

「まず奥さんのお話を伺うのがいちばんだと思いますが」

「ちゃんと事件を処理していただければ、こんなに嬉しいことはございませんの。まだあ

そこに夫が倒れていると思うと恐ろしくて……」夫人は身震いして一瞬両手で顔をおおっ

たが、そのときゆるやかな化粧着の袖が垂れて、前腕があらわれた。ホームズはあっと

言って、

「奥さん、そこにも傷を受けていらっしゃいますね。それはどうなすったのですか」

 ふたつの鮮明な赤い斑点が、白い丸々とした腕についていた。彼女は急いでそれを隠し

た。

「何でもございませんの。昨夜の恐ろしい事件とは何の関係もありませんわ。さあ、お坐

りになって下さいませ。できるだけのお話はいたしますわ。

 私はサー・ユースタス・ブラックンストールの妻でございます。結婚してほぼ一年にな

ります。私たちの結婚が幸福なものでなかったことは、隠しましても始まらないことでご

ざいましょう。否定したとて、近所の方たちが皆さんにおっしゃることでしょうから。罪

は、あるいは私のほうにあるのかも知れません。

 私は南オーストラリアの、あまり因襲にとらわれない自由な雰囲気の中で育ちまして、

この堅苦しい、礼儀正しいイギリスの生活は性に合いませんの。でも主な理由はほかでも

なく、夫の酒癖でございます。これはどなたもご存じのことです。このような男と一時間

いっしょにいますのも不愉快でございます。感じやすい潔癖な女性が日も夜もそういう男

に縛りつけられていなければならないなんて、どういう気持かおわかりになりますでしょ

うか。こんな結婚にまで義務を負わせるのは、冒涜 ぼうとく 、罪、悪行でさえあります。こんな

奇怪な法律はこの国に呪いをもたらすものです。神様はこんな邪悪に我慢されませんで

しょう」

 彼女はちょっと身を起こした。両頬が紅潮し、額に受けた恐ろしい痕跡の下で、両眼は

輝いた。そのとき謹厳 きんげん な女中は、いたわるような手で、夫人の頭をクッションに抑えつ

けた。夫人の激怒は、激しいすすり泣きに変わった。

「昨夜のことを申し上げましょう。この家では、召使いはみな新館のほうで休むのをご存

じでいらっしゃいましょう。この中央部の建物は居間ばかりで、うしろに台所、上は私た

ちの寝窒になっております。女中のタリーザは私の部屋の上で寝ております。他に誰ひと

りおりません。物音がしても、離れにいる者は何もわかりません。強盗はこのことをよく

知っていたに違いありません。でなければ、あんなことはしなかったでしょう。

 夫は十時半頃にやすみました。召使いたちはみんな新館のほうへ下がっておりました。

ただタリーザだけが、私が何か用を言いつけるかも知れませんので、上の部屋で起きてお

りました。私は十一時すぎまでこの部屋におりまして、本に夢中になっていました。で

も、もう休もうと思いまして、家の中を見まわりに行きました。これは私の習慣なので

す。

 さっきも申しましたように、夫はあてになりませんので、私がこうするようになったの

でございます。台所、食器室、銃器室、撞球室 どうきゅうしつ 、応接室、最後に食堂へ行きまし

た。ここの窓は厚いカーテンがかかっていましたが、近づいて行きますと、顔にさッと風

が当りましたので窓が開いているなと思いました。そこでカーテンを引きますと、肩幅の

広い、年輩の男とばったり顔を合わせてしまいました。

 窓は長いフランス式のものでございまして、すぐ芝生に出られますので、事実上ドアの

ようなものでございます。私は寝室用の燭台を手にしておりまして、その男のうしろに、

もう二人が入ろうとしているのがわかりました。私は後すざりしましたが、その瞬間、男

は私に向かってきました。まず手首をつかまれまして、それから喉 のど をしめつけられまし

た。私が声をたてようとしますと、目の上を強くこぶしで叩かれ、その場に倒れてしまい

ました。

 私はしばらく気を失ってしまいました。我にかえったときは、ベルの紐をもぎとったも

ので、食堂の上座の槲 かしわ の椅子にしっかり縛りつけられていました。身動きもできませ

ん。口はハンカチでふさがれておりますので、声をたてることもできません。

 このとき、運悪く夫が入って参ったのでございます。夫は怪しい物音を聞きつけたので

しょう、一応の身支度をしておりました。シャツとズボンを着用しまして、手には愛用の

鱗木 りんぼく の杖を持っておりました。夫は一人の泥棒に飛びかかっていきましたが、今一人の

年輩の男が、暖炉の火掻棒を取り上げまして、通りかかるところを、強い一撃を浴びせま

した。夫はひとことも声をたてずに倒れ、そのまま動かなくなってしまいました。私はそ

れを見てまた気を失いましたが、それはほんのしばらくの間でございました。

 目を開きましたときは、泥棒は食器棚から銀器を集めまして、べつにワインを一本取り

出しまして、テーブルに置きました。三人とも、グラスを手にしておりました。前に申し

上げたかと思いますが、一人は年輩で頬髯 ほおひげ がございますけれど、あとの二人はまだ若い

少年でした。父親とその息子なのかも知れません。三人はこそこそ一緒に話をしておりま

した。それから私のほうへやって来まして、紐がゆるんでいるかどうかを確かめてから、

窓から、あとをしめて出て行きました。

 十五分ばかりかかって、口だけは自由にすることができましたから、声をたてますと、

女中が助けに参りました。他の召使いたちもまもなく参りました。それからすぐ警察に知

らせました。そちらから、ロンドン警視庁のほうへ連絡を取ったものでございましょう。

これだけが私のお話しできます全部でございます。もう二度と、こんな苦しいお話を繰り

返すことだけはお許し願いたいと思います」

「ホームズさん。何かご質問は?」ホプキンズが尋ねた。

「奥さまにはこれ以上苦しめたり、時間を取ったりしますことは差し控えたいと思いま

す。ただ食堂を見せていただく前に、ひとつあなたからお話をうかがいたいと思います」

ホームズは女中を見た。


分享到:

顶部
05/18 23:31