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アビ農場の屋敷(7)
日期:2024-02-20 14:58  点击:251

「これはこれは。では昨夜、連中がケント州で殺人をやったというあなたの説は駄目にな

りますね」

「致命的ですよ。まったく。ランドールのほかに、まだ三人組のギャングがいたってこと

かもしれませんし、あるいは警察の知らない新しいギャングがいるのかもしれません」

「そうです、それは可能ですね。おや、お帰りですか?」

「ええ、徹底的に調べ上げるまでは、私には休息というものはありませんよ。何かヒント

はありませんか」

「ひとつ言ったはずですよ」

「何でしたっけ?」

「ごまかし説です」

「おや、ホームズさん、どうしてまた……」

「もちろん、疑問はあります。でもあなたには、その考え方に着眼することを、おすすめ

いたしますね。そこに何かがある、ときっとお気づきになりますよ。こちらで、夕飯を食

べませんか。そうですか、ではさようなら。何か進行をみせましたら、お知らせ下さい」

 食事が終わって、テーブルが片づけられるとホームズはふたたびそれとなくその問題に

言及した。パイプに火をつけて、スリッパをつっかけた足を、盛んに燃えている火のほう

へのばしていた。ふと、時計を見て、

「ワトスン君。事件は発展するぜ」

「何時 いつ だい?」

「今だよ……この数分以内に。今のスタンリー・ホプキンズに対する僕の態度、よくな

かったと思うだろう」

「君の判断にまかすよ」

「うまい返答だね。これはこう考えてもらいたいんだ。僕の知っていることは非公式だ

が、ホプキンズの知っていることは公式だ。僕には個人的判断の権利はあるが、彼はそう

はいかない。彼は全部を公開しなければならない、でないと、職務を汚すことになる。こ

んな疑わしい事件で、ホプキンズを苦しい立場にたたせたくないんだ。そこで、僕自身の

考えがはっきりするまで、教えることは差し控えてるんだよ」

「じゃ、いつになったら、はっきりするんだい?」

「そのときが来たんだ。今に君はちょっと変わった劇の最後の場面に立ち合うことになる

んだよ」

 階段に足音がして、やがてわれわれは男性の標本とも言いたいような立派な男を迎え

た。かつてこんなよい男をこの部屋へ迎えたことはなかったのである。背が非常に高く、

若い男で、金色の髭と青い目を持ち、皮膚は熱帯性の太陽にやけており、その弾力のある

歩きぶりから見て、その大きな身体は、強いばかりではなく、活動的であることを示して

いた。彼はドアをしめると、両手を固く握り、胸をはって自分の烈しい感情を抑えてい

た。

「クロッカー船長、お掛け下さい。電報をご覧になりましたね」

 客は肘掛椅子 ひじかけいす に坐って、私たちふたりを問いただすような目で見ていた。

「電報を見ました。それでご指定の時間にやって来ました。あなたは会社のほうへもお出

でになったと聞きました。あなたの手からは逃れられますまい。どんなことでもおっ

しゃって下さい。私をどうするおつもりですか。逮捕ですか。お話し下さい。そう、鼠 ねずみ

をとらえた猫みたいに、じっと坐って、私を翻弄 ほんろう しないで下さい」

「葉巻をすすめてくれたまえ」ホームズは言った。「クロッカー船長、それを上がって、

心を鎮 しず めて下さい。あなたが普通の犯罪人なら、私もこうやって、あなたと煙草をやる

気はありませんよ。そこは信じて下さい。率直に話して見て下さい、そのほうが、何かあ

なたのためにすることができると思います。私をおだましになるようなら、ひどい目に遭

いますよ」

「では、どうしろとおっしゃるのですか」

「昨夜、アビ農場で起こったことの真相をお話し下さい。要 い らないことをつけ加えたり、

必要なことをはぶいたりせずに、どうぞ真相をお願いします。私は大部分のことは知って

いるんですから、真実から少しでも外れたら、窓から、この警笛 けいてき を吹きます。そうすれ

ば、事件は永久に私の手から離れるわけです」

 しばらく考えていたが、大きな日やけした手で膝をたたいて、

「やってみましょう。あなたは約束を守る人、信頼できる方だと思いますから、みなお話

しいたしましょう。でも初めに、ひとつだけ申し上げておきますが、私に関する限り、何

も後悔はいたしませんし、怖 おそ れもしません。私はもういちど繰り返す必要があるならそ

うするつもりです。やったことを誇りとするものです。あのけだものめ! あいつが猫み

たいにたくさん命を持っていたとしても、みなこの私が奪ってやります。ただメアリ・フ

レイザー嬢のことですが……どうしてあの呪われた姓で呼べるものですか! あの優しい

お顔にちょっとでも微笑を浮かべさすことができるなら、命を投げ出してもいいと思って

いる私が、あの方に面倒をおこしたと思うと、耐えられないことなのです。しかも私に、

何もしないで見ておれましょうか? まあ、お話をすっかりいたしましょう、その上で、

男対男の話として、私が何もしないで見ていられたかどうか、お尋ねいたしましょう。

 話を少し前へ戻さなければなりません。あなたは何もかもご存じかと思いますが、私

が、《ジブラルタルの岩》の一等船員、あの方が船客であったとき、私たちは知り合った

のです。会った最初の日から、彼女は私にとって、唯一の女性でした。航海中、日毎に彼

女への思慕の念を持ち続けておりました。夜番の暗闇の中で私は何度ひざまずき、デッキ

にキッスしたことでしょう。それというのも、彼女のあの可愛い足が、そこを踏んだから

というわけなのです。彼女は結婚の約束はしませんでした。彼女は私にも、他の人にも、

公平に応対しました。それとて、私に不平はありません。私の片恋だけで、彼女はただ友

人と考えていたのです。別れたときも、彼女の気持は自由でしたけれども、私は決してそ

うはいきませんでした。

 次に私が航海から戻って来ましたとき、彼女が結婚したことを聞きました。彼女とて、

好きな人ができたら、結婚すべきでありましょう。肩書と財産……彼女ほどそれにふさわ

しいものはありません。彼女は美しく、優しくあるために生まれてきたのです。私は彼女

の結婚を悲しみませんでした。私はそれほど利己的な卑劣漢ではありません。むしろ、彼

女が貧乏な船乗りに身を委 まか せずに、幸運にめぐり合ったことを喜んでいたのです。それ

ほど、メアリ・フレイザーを愛していたのです。

 私はふたたび彼女に会えるとは思っていませんでした。私はこの前の航海で、昇進しま

した。しかし新しい船がまた進水しておりませんので、シドナムの家で二か月以上も待機

していなければなりませんでした。


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05/19 01:36