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アビ農場の屋敷(8)
日期:2024-02-20 14:59  点击:276

 ある日、田舎道で、彼女の古くからの女中、タリーザ・ライトに会いました。タリーザ

は、彼女のこと、あの男のこと、その他何もかも話してくれました。その話を聞いて、私

は気が狂いそうになりました。あの飲んだくれの卑劣漢は、彼女の靴をなめる価値すらな

いのに、彼女に手を上げるとは!

 その後またタリーザに会いました。それからメアリ自身にも会いました。二度ばかり会

いましたが、それからは彼女はもう会おうとはしませんでした。でも先日、一週間以内

に、航海へ出発するようにとの通告を受けましたので、その前にもう一度、彼女に会って

おこうと決心しました。タリーザは常に私の友だちでした。と申しますのは、彼女もメア

リを愛していましたし、あの人非人を私と同じほど憎んでいたからです。彼女から、その

家の様子を教えてもらいました。メアリは階下の小さな寝室で、坐って本を読む習慣だそ

うです。

 昨夜、私はそこへ忍びよって、外から窓をひっかくようにしました。最初、彼女は開け

てくれませんでしたが、心の中では、私を愛してくれて、霜 しも の降りた夜に、私を放って

置くようなことはしない人でした。彼女は大きな正面の窓へまわって来るようにと囁 ささや

ました。行って見ると、そこの窓は開いていて、私は食堂に入ることができました。ふた

たび彼女の口から、いろいろな事柄を聞いて、私の血は煮えかえりました。またまたこの

野獣めが、愛する女性を手荒に扱ったことを、いたく呪いました。

 さて、私が彼女と窓近く立っておりますと、そこに何のやましさもないのは、神様がし

ろしめしますが、あの男がまるで気狂いのように部屋の中へ躍り込んで来て、およそ男が

女に用いる最も卑劣な言葉でののしり、手に持っていた杖で、顔を打ちました。私は火掻

棒をとりあげました。これでふたりとも武器を持ったことになるんですから、公平な勝負

です。ご覧なさい。これが彼の最初の一撃を受けた所です。こんどは私の番です。まるで

くさったかぼちゃのように、やっつけてやりました。私が後悔していると思いますかっ

て、どういたしまして! 殺されるのは、あいつか、私か、という事態だったのです。い

やそれどころではない、あいつが死ぬか、彼女がやられるか、の問題だったのです。彼女

に対してふりむけたあんな気ちがいの暴力を、何で私が放っておれましょう。

 こうして私はあいつを殺しました。私は間違っていたでしょうか? ではもしあなたが

私の立場にいなさったら、どうなさっていたでしょうか?

 彼女があいつに打たれたとき、叫び声をあげましたので、タリーザが上の部屋から降り

て来ました。戸棚の上にワインが一本ありましたから、抜いて、メアリの口を少しあけて

注ぎました。彼女はショックでなかば死んだようになっていました。私も少量飲みまし

た。タリーザは氷のように冷静でした。それからの計画は、私とタリーザとの合作なので

す。まず、万事泥棒がやったように見せかけねばなりません。タリーザは女主人にその作

り話を、繰り返して言って聞かせました。一方、私はよじ登って、ベルの紐を切りまし

た。それから彼女を椅子に縛りつけ、紐の端を自然に切れたようにするために、ほつれさ

せました。そうしないと、泥棒はどうしてよじ登って切ったのかと不審がると思ったから

です。それから、銀の皿や壷を持ち出して、掠奪 りゃくだつ したように見せかけ、十五分たった

ら、騒ぎたてるようにと言い含めて、そこを出ました。私は銀器を池の中へ投じて、一生

に一度の本当によい仕事をしたという気持で、シドナムへ急いで逃げました。以上お話し

しましたことは、全部本当です。ホームズさん、私は自分の首にかけて誓います」

 ホームズはしばらく黙って、煙草をふかしていた。それから、部屋をフラッと横切っ

て、客の手を握った。

「私も、そう思っておりました。おっしゃったことはみな本当です。と申しますのは、私

の知らなかったことは、ほとんどひとつもありませんでした。軽業師 かるわざし か船員でなけれ

ば、誰も腕木からベルの紐までたどりつくことはできない相談です。また水夫でなく

ちゃ、椅子に結びつけたあんな結び目をこしらえられるものじゃありません。この夫人が

船員で接触をもったのは、ただ一度で、それもイギリスへ来る航海中のことです。彼女が

相手を熱心にかばおうと努めたり、彼を愛しているふうでもあるので、これは彼女と同じ

階級の人物だなとわかります。私が正しい手がかりの上に出発してから、あなたへ手を指

し向けることがいかに容易なものであったか、これでおわかりでしょう」

「警察はわれわれの詭計 きけい を見破ることはできまいと思っていました」

「警察は見破らなかったんです。私の考えでは今後とて、たぶん駄目でしょう。さてク

ロッカー船長、あなたは誰にもありがちな、一時の極端な憤激のあまり、やったことだと

は認めますけれど、これはたいへん重大な問題です。あなたの正当防衛が成立するかどう

か、保証の限りではありません。それは、イギリスの国の陪審員が決定することです。と

もかくも、あなたに多大の同情を持っていますので、もしあなたが二十四時間以内に姿を

お隠しになれば、何人も、あなたを妨げにやって来はしないと、約束いたしましょう」

「では、そのあとで公にされるのですか」

「そうです。そうなります」

 船長は怒りで顔を赤くした。

「男に何たる提案をなさるのです。これではメアリが共犯になるくらいのことは、私に

だってわかります。私だけがこっそり逃げて、彼女は残って、そんな目に遭わせるとお思

いですか。とんでもないことです。私はどんな処分でも受けます、でもどうぞホームズさ

ん、後生ですから、メアリを法廷に立たせないような処置をお取り下さい」

 ホームズはふたたび船長の手を握った。

「私は試しただけなんです。あなたは、いつでも正い人だということがわかりました。

で、これは私の重大な責任なんですが、ホプキンズにいいヒントを与えちゃったのです。

でも彼がそれを利用できますかどうか、私の知ったことではありません。では、いいです

か、クロッカー船長。われわれはここで当然受けるべき法律上の手続きを取ることにしま

しょう。あなたは被告です。ワトスン君、君は陪審員だ。私はこれ以上に適当な陪審員を

知りません。私は判事です。さて陪審員諸君、いま証言を聴取されました。被告は有罪で

すか、無罪ですか」

「無罪です。裁判長」と私は言った。

「民の声は、神の声なり。クロッカー船長を放免します。べつの犠牲者が現われない限

り、あなたは安全です。一年たったら、あの夫人の所へお帰りなさい、そして、彼女とあ

なたの将来が、今晩私たちの下した判定の正しかったことを証明してくれますように」


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05/18 21:38