「南に進路しんろを取れ」マッド‐アイが叫さけんだ。「前方に町」
一いっ行こうは右に上昇し、蜘く蛛もの巣す状じょうに輝かがやく光の真上を飛ぶのを避さけた。
「南東を指せ。そして上昇を続けろ。前方に低い雲がある。その中に隠れるぞ」ムーディが号令した。
「雲の中は通らないわよ」トンクスが怒ったように叫んだ。「ぐしょ濡ぬれになっちゃうじゃない、マッド‐アイ」
ハリーはそれを聞いてほっとした。ファイアボルトの柄えを握にぎった手がかじかんできていた。オーバーを着てくればよかったと思った。ハリーは震ふるえはじめていた。
一行はマッド‐アイの指令しれいに従って、ときどきコースを変えた。氷のような風を避よけて、ハリーは目をぎゅっと細めていた。耳も痛くなってきた。箒ほうきに乗っていて、こんなに冷たく感じたのはこれまでたった一度だけだ。三年生のときの対ハッフルパフ戦のクィディッチで、嵐あらしの中の試合だった。護ご衛えい隊たいはハリーの周りを、巨大な猛もう禽きん類るいのように絶たえ間まなく旋回していた。ハリーは時間の感覚がなくなっていた。もうどのくらい飛んでいるのだろう。少なくとも一時間は過ぎたような気がする。
「南西に進路を取れ」ムーディが叫んだ。「高速道路を避さけるんだ」
体が冷え切って、ハリーは、眼下を走る車の心地よい乾かわいた空間を羨うらやましく思った。もっと懐なつかしく思ったのは、煙突飛行粉フルーパウダーの旅だ。暖炉だんろの中をくるくる回転して移動するのは快かい適てきではないかもしれないが、少なくとも炎の中は暖あたたかい……キングズリー・シャックルボルトが、ハリーの周りをバサーッと旋回した。禿はげ頭あたまとイヤリングが月明かりに微かすかに光った……こんどはエメリーン・バンスがハリーの右側に来た。杖つえを構かまえ、左右を見回している……それからハリーの上を飛び越し、スタージス・ポドモアと交代した……。
「少し後あと戻もどりするぞ。跡あとを追つけられていないかどうか確かめるのだ」ムーディが叫さけんだ。
「マッド‐アイ、気は確か」トンクスが前方で悲鳴ひめいを上げた。「みんな箒ほうきに凍こおりついちゃってるのよ こんなにコースをはずれてばかりいたら、来週まで目的地には着かないわ もう、すぐそこじゃない」
「下降かこう開始の時間だ」ルーピンの声が聞こえた。「トンクスに続け、ハリー」