さっきハリーがその前を通った、虫食いだらけのビロードのカーテンが、左右に開かれていた。その裏うらにあったのは扉ではなかった。一いっ瞬しゅん、ハリーは窓の向こう側が見えるのかと思った。窓の向こうに黒い帽子ぼうしを被かぶった老女がいて、叫んでいる。まるで拷問ごうもんを受けているかのような叫びだ――次の瞬しゅん間かん、ハリーはそれが等とう身しん大だいの肖しょう像ぞう画がだと気づいた。ただし、ハリーがいままで見た中で一番生々なまなましく、一番不快ふかいな肖像画だった。
老女は涎よだれを垂たらし、白目を剥むき、叫んでいるせいで、黄ばんだ顔の皮ひ膚ふが引き攣つっている。ホール全体に掛かっている他の肖像画も目を覚まして叫び出した。あまりの騒音に、ハリーは目をぎゅっとつぶり、両手で耳を塞ふさいだ。
ルーピンとウィーズリーおばさんが飛び出して、カーテンを引き老女を閉め込もうとした。しかしカーテンは閉まらず、老女はますます鋭するどい叫びを上げて、二人の顔を引き裂さこうとするかのように、両手の長い爪つめを振り回した。
「穢けがらわしい クズども 塵ちり芥あくたの輩やから 雑種ざっしゅ、異形いけい、でき損そこないども。ここから立ち去れ わが祖先そせんの館やかたを、よくも汚けがしてくれたな――」
トンクスは何度も何度も謝あやまりながら、巨大などっしりしたトロールの足を引きずって立て直していた。ウィーズリーおばさんはカーテンを閉めるのを諦あきらめ、ホールを駆かけずり回って、ほかの肖像画に杖つえで「失しっ神しん術じゅつ」をかけていた。すると、ハリーの行ゆく手の扉から、黒い長い髪かみの男が飛び出してきた。
「黙だまれ。この鬼おに婆ばばあ。黙るんだ」男は、ウィーズリーおばさんが諦あきらめたカーテンをつかんで吼ほえた。
老女の顔が血の気を失った。
「こいつぅぅぅぅぅ」老女が喚わめいた。男の姿を見て、両りょう眼がんが飛び出していた。
「血を裏切うらぎる者よ。忌いまわしや。わが骨肉こつにくの恥はじ」
「聞こえないのか――だ――ま――れ」男が吼えた。そして、ルーピンと二人がかりの金こん剛ごう力りきで、やっとカーテンを元のように閉とじた。
老女の叫さけびが消え、しーんと沈ちん黙もくが広がった。
少し息を弾はずませ、長い黒くろ髪かみを目の上から掻かき上げ、男がハリーを見た。ハリーの名な付づけ親おや、シリウスだ。
「やあ、ハリー」シリウスが暗い顔で言った。
「どうやらわたしの母親に会ったようだね」