「顔を覆って、スプレーを持って」
ハリーとロンの顔を見るなり、おばさんが言った。紡ぼう錘すい形けいの脚あしをしたテーブルに、黒い液体の瓶びんがあと二つあり、それを指差している。
「ドクシー・キラーよ。こんなにひどく蔓延はびこっているのは初めて見たわ――あの屋敷やしきしもべ妖よう精せいは、この十年間、いったい何をしてたことやら――」
ハーマイオニーの顔は、キッチンタオルで半分隠れていたが、ウィーズリーおばさんに咎とがめるような目を向けたのを、ハリーは間違いなく見た。
「クリーチャーはとっても歳としを取ってるもの、とうてい手が回らなくって――」
「ハーマイオニー、クリーチャーが本気になれば、君が驚おどろくほどいろいろなことに手が回るよ」
ちょうど部屋に入ってきたシリウスが言った。血に染そまった袋を抱えている。死んだネズミが入っているらしい。
「バックビークに餌えさをやっていたんだ」ハリーが怪訝けげんそうな顔をしているので、シリウスが言った。「上にあるお母上さまの寝室しんしつで飼かってるんでね。ところで……この文ふ机づくえか……」
シリウスはネズミ袋を肘ひじ掛かけ椅い子すに置き、鍵かぎの掛かかった文机の上から屈かがみ込こむようにして調べた。机が少しガタガタ揺ゆれているのに、ハリーはそのとき初めて気づいた。
「うん、モリー、わたしもまね妖怪ようかいに間違いないと思う」鍵穴から覗のぞき込みながら、シリウスが言った。「だが、中から出す前に、マッド‐アイの目で覗いてもらったほうがいい――なにしろわたしの母親のことだから、もっと悪質あくしつなものかもしれない」
「わかったわ、シリウス」ウィーズリーおばさんが言った。
二人とも、慎しん重ちょうに、何気なにげない、丁寧ていねいな声で話をしていたが、それがかえって、どちらも昨夜の諍いさかいを忘れてはいないことをはっきり物語っているとハリーは思った。
下の階で、カランカランと大きなベルの音がした。とたんに、耳を覆おおいたくなる大だい音おん響きょうで嘆なげき叫さけぶ声が聞こえてきた。昨夜、トンクスが傘かさ立てをひっくり返したときに引き起こした、あの声だ。