「ちゃんと立つんだ」シリウスがイライラと言った。「さあ、いったい何が狙ねらいだ」
「クリーチャーめは掃除をしております」しもべ妖精は同じことを繰くり返した。「クリーチャーめは高貴こうきなブラック家にお仕つかえするために生きております――」
「そのブラック家は日に日にますますブラックになっている。汚らしい」シリウスが言った。
「ご主人様はいつもご冗じょう談だんがお好きでした」クリーチャーはもう一度お辞じ儀ぎをし、低い声で言葉を続けた。「ご主人様は、母君ははぎみの心をめちゃめちゃにした、ひどい恩おん知らずの卑ひ劣れつ漢かんでした」
「クリーチャー、わたしの母に、心などなかった」シリウスがばしりと言った。「母は怨念おんねんだけで生き続けた」
クリーチャーはしゃべりながらまたお辞じ儀ぎをした。
「ご主人様の仰おおせのとおりです」クリーチャーは憤慨ふんがいしてブツブツ呟つぶやいた。「ご主人様は母君ははぎみの靴くつの泥どろを拭ふくのにもふさわしくない。ああ、おかわいそうな奥様おくさま。クリーチャーがこの方かたにお仕つかえしているのをご覧らんになったら、なんと仰おおせられるか。どんなにこの人をお嫌いになられていたか。この方がどんなに奥様を失望させたか――」
「何が狙ねらいだと聞いている」シリウスが冷たく言った。「掃除そうじをしているふりをして現れるときは、おまえは必ず何かをくすねて自分の部屋に持っていくな。わたしたちが捨すててしまわないように」
「クリーチャーめは、ご主人様のお屋敷やしきで、あるべき場所から何かを動かしたことはございません」そう言ったすぐあとに、しもべ妖よう精せいは早口で呟いた。「タペストリーが捨すてられてしまったら、奥様はクリーチャーめを決してお許しにはならない。七世紀もこの家に伝わるものを。クリーチャーは守らなければなりません。クリーチャーはご主人様や血を裏切うらぎる者や、そのガキどもに、それを破は壊かいさせはいたしません――」
「そうじゃないかと思っていた」シリウスは蔑さげすむような目つきで反対側の壁かべを見た。「あの女は、あの裏うらにも『永えい久きゅう粘ねん着ちゃく呪じゅ文もん』をかけているだろう。間違いなく、そうだ。しかし、もし取りはずせるなら、わたしは必ずそうする。クリーチャー、さあ、立ち去れ」