ハリーはまだよく眠れなかったし、廊下ろうかと鍵かぎの掛かかった扉とびらの夢を見て、そのたびに傷きず痕あとが刺さすように痛んだが、この夏休みに入って初めて楽しいと思えるようになっていた。忙いそがしくしているかぎり、ハリーは幸せだった。しかし、あまりやることがなくなって、気が緩ゆるんだり、疲れて横になり、天井を横切るぼんやりした影を見つめたりしていると、魔法省の尋じん問もんのことが重苦しくのしかかってくるのだった。退学になったらどうしようと考えるたび、恐きょう怖ふが針はりのようにちくちくと体内を突つき刺さした。考えるだけで空恐そらおそろしく、言葉に出して言うこともできず、ロンやハーマイオニーにさえも話せなかった。二人が、ときどきひそひそ話をし、心配そうにハリーのほうを見ていることに気づいてはいたが、二人ともハリーが何も言わないのならと、そのことには触ふれてこなかった。ときには、考えまいと思っても、どうしても想像してしまうことがあった。顔のない魔法省の役人が現れ、ハリーの杖つえを真っ二つに折り、ダーズリーのところへ戻れと命令する……しかしハリーは戻りはしない。ハリーの心は決まっていた。グリモールド・プレイスに戻り、シリウスと一緒に暮らすんだ。
水曜の夕食のとき、ウィーズリーおばさんがハリーのほうを向いて、低い声で言った。
「ハリー、明日の朝のために、あなたの一番良い服にアイロンをかけておきましたよ。今夜は髪かみを洗ってちょうだいね。第だい一いち印いん象しょうがいいとずいぶん違うものよ」
ハリーは胃の中にレンガが落ちてきたような気がした。
ロン、ハーマイオニー、フレッド、ジョージ、ジニーが一斉いっせいに話をやめ、ハリーを見た。ハリーは頷うなずいて、肉にく料りょう理りを食べ続けようとしたが、口がカラカラでとても噛かめなかった。
「どうやって行くのかな」ハリーは平気な声を繕つくろって、おばさんに聞いた。
「アーサーが仕事に行くとき連れて行くわ」おばさんがやさしく言った。
ウィーズリーおじさんが、テーブルの向こうから励はげますように微笑ほほえんだ。
「尋問の時間まで、私の部屋で待つといい」おじさんが言った。
ハリーはシリウスのほうを見たが、質問する前にウィーズリーおばさんがその答えを言った。
「ダンブルドア先生は、シリウスがあなたと一緒に行くのは、よくないとお考えですよ。それに、私も――」
「――ダンブルドアが『正しいと思いますよ』」シリウスが、食いしばった歯の間から声を出した。
ウィーズリーおばさんが唇くちびるをきっと結んだ。
「ダンブルドアは、いつ、そう言ったの」ハリーはシリウスを見つめながら聞いた。
「昨夜、君が寝ているときにお見えになった」ウィーズリーおじさんが答えた。
シリウスはむっつりと、ジャガイモにフォークを突つき刺さした。ハリーは自分の皿に目を落とした。ダンブルドアが尋じん問もんの直前の夜にここに来ていたのに、ハリーに会おうとしなかった。そう思うと、すでに最低だったはずのハリーの気持が、またいちだんと落ち込んだ。