「薬から軽い銀色の湯気が立ち昇のぼっているはずだ」
あと十分というときに、スネイプが告げた。
ハリーは汗びっしょりになっていて、絶ぜつ望ぼう的てきな目で地ち下か牢ろう教きょう室しつを見回した。ハリーの大おお鍋なべからは灰はい黒こく色しょくの湯気がもうもうと立ち昇のぼっていた。ロンのは緑の火花が上がり、シェーマスは、鍋底なべぞこの消えかかった火を杖つえで、必死で掻かき起こしていた。しかし、ハーマイオニーの液体えきたいからは、軽い銀色の湯気がゆらゆらと立ち昇っていた。スネイプがそばをさっと通り過ぎ、鉤鼻かぎばなの上から見下ろしたが、何も言わなかった。文句のつけようがなかったのだ。
しかし、ハリーの大鍋のところで立ち止まったスネイプは、ぞっとするような薄うすら笑いを浮かべて見下ろした。
「ポッター、これは何のつもりだ」
教室の前のほうにいるスリザリン生が、それっと一斉いっせいに振り返った。スネイプがハリーを嘲あざけるのを聞くのが大好きなのだ。
「『安らぎの水みず薬ぐすり』です」ハリーは頑かたくなに答えた。
「教えてくれ、ポッター」スネイプが猫撫ねこなで声で言った。「字が読めるのか」
ドラコ・マルフォイが笑った。
「読めます」ハリーの指が、杖をぎゅっと握にぎり締しめた。
「ポッター、調ちょう合ごう法ほうの三行目を読んでくれたまえ」
ハリーは目を凝こらして黒板を見た。いまや地下牢教室は色とりどりの湯気で霞かすみ、書かれた文字を判読はんどくするのは難しかった。
「月げっ長ちょう石せきの粉こなを加え、右に三回攪拌かくはんし、七分間ぐつぐつ煮にる。そのあと、バイアン草のエキスを二滴てき加える」
ハリーはがっくりした。七分間のぐつぐつのあと、バイアン草のエキスを加えずに、すぐに四行目に移ったのだ。
「三行目をすべてやったか ポッター」
「いいえ」ハリーは小声で言った。
「答えは」
「いいえ」ハリーは少し大きな声で言った。「バイアン草を忘れました」
「そうだろう、ポッター。つまりこのごった煮にはまったく役に立たない。『エバネスコ 消えよ』」
ハリーの液体が消え去った。残されたハリーは、空からっぽの大鍋のそばにバカみたいに突っ立っていた。