その夜、ハリーがアンブリッジの部屋を出たのは、真夜中近くだった。手の出血がひどくなり、巻きつけたスカーフを血に染そめていた。寮りょうに戻ったとき、談だん話わ室しつには誰もいないだろうと思っていたが、ロンとハーマイオニーが起きて待っていてくれた。ハリーは二人の顔を見てうれしかったし、ハーマイオニーが非難ひなんするというより同情的だったのがことさらうれしかった。
「ほら」ハーマイオニーが心配そうに、黄色い液体えきたいの入った小さなボウルをハリーにさし出した。「手をこの中に浸ひたすといいわ。マートラップの触しょく手しゅを裏うらごしして酢すに漬つけた溶液ようえきなの。楽になるはずよ」
ハリーは血が出てズキズキする手をボウルに浸し、すーっと癒いやされる心地よさを感じた。クルックシャンクスがハリーの両足を回り込み、ゴロゴロと喉のどを鳴らし、膝ひざに飛び乗ってそこに座り込んだ。
「ありがとう」ハリーは左手でクルックシャンクスの耳の後ろをカリカリ掻かきながら、感謝かんしゃを込こめて言った。
「僕、やっぱりこのことで苦く情じょうを言うべきだと思うけどな」ロンが低い声で言った。
「いやだ」ハリーはきっぱりと言った。
「これを知ったら、マクゴナガルは怒り狂うぜ――」
「ああ、たぶんね」ハリーが言った。「だけど、アンブリッジが次のなんとか令れいを出して、高こう等とう尋じん問もん官かんに苦情を申し立てる者はただちにクビにするって言うまで、どのくらいかかると思う」
ロンは言い返そうと口を開いたが、何も言葉が出てこなかった。しばらくすると、ロンは、降参こうさんして口を閉じた。
「あの人はひどい女よ」ハーマイオニーが低い声で言った。「とんでもなくひどい人だわ。あのね、あなたが入ってきたときちょうどロンと話してたんだけど……私たち、あの女に対して、何かしなきゃいけないわ」
「僕は、毒を盛れって言ったんだ」ロンが厳きびしい顔で言った。
「そうじゃなくて……つまり、アンブリッジが教きょう師しとして最低だってこと。あの先生からは、私たち、防ぼう衛えいなんて何にも学べやしないってことなの」ハーマイオニーが言った。
「だけど、それについちゃ、僕たちに何ができるって言うんだ」ロンが欠伸あくびをしながら言った。「手遅ておくれだろ あいつは先生になったんだし、居座いすわるんだ。ファッジがそうさせるに決まってる」
「あのね」ハーマイオニーがためらいがちに言った。「ねえ、私、今日考えていたんだけど……」ハーマイオニーが少し不安げにハリーをちらりと見て、それから思い切って言葉を続けた。「考えていたんだけど――そろそろ潮時しおどきじゃないかしら。むしろ――むしろ自分たちでやるのよ」
「自分たちで何をするんだい」手をマートラップ触しょく手しゅ液えきに泳がせたまま、ハリーが怪訝けげんそうに聞いた。
「あのね――『闇やみの魔ま術じゅつに対する防衛術』を自習するの」ハーマイオニーが言った。
「いい加減かげんにしろよ」ロンが呻うめいた。「この上まだ勉強させるのか ハリーも僕も、また宿題が溜たまってるってこと知らないのかい しかも、まだ二週目だぜ」
「でも、これは宿題よりずっと大切よ」ハーマイオニーが言った。
ハリーとロンは目を丸くしてハーマイオニーを見た。