「ありがとう、ドビー」
ヘドウィグの頭を撫なでながら、夢の中の扉の残像ざんぞうを振り払おうと、ハリーは目を強く瞬しばたたいた……あまりに生々なまなましい夢だった。ドビーをもう一度見ると、スカーフを数枚巻きつけているし、数え切れないほどのソックスを履はいているのに気づいた。おかげで、体と不ふ釣つり合あいに足が大きく見えた。
「あの……君は、ハーマイオニーの置いていった服を全部取っていたの」
「いいえ、とんでもございません」ドビーはうれしそうに言った。「ドビーめはウィンキーにも少し取ってあげました。はい」
「そう。ウィンキーはどうしてるの」ハリーが聞いた。
ドビーの耳が少しうなだれた。
「ウィンキーはいまでもたくさん飲んでいます。はい」ドビーは、テニスボールほどもある巨大な緑の丸い目を伏ふせて、悲しそうに言った。「いまでも服が好きではありません、ハリー・ポッター。ほかの屋敷やしきしもべ妖よう精せいも同じでございます。もう誰もグリフィンドール塔とうをお掃除そうじしようとしないのでございます。帽子ぼうしや靴下くつしたがあちこちに隠してあるからでございます。侮ぶ辱じょくされたと思っているのです。はい。ドビーめが全部一人でやっておりますです。でも、ドビーめは気にしません。はい。なぜなら、ドビーめはいつでもハリー・ポッターにお会いしたいと願っています。そして、今夜、はい、願いがかないました」ドビーはまた深々ふかぶかとお辞じ儀ぎした。
「でも、ハリー・ポッターは幸せそうではありません」ドビーは体を起こし、おずおずとハリーを見た。「ドビーめは、あなたさまが寝言ねごとを言うのを聞きました。ハリー・ポッターは悪い夢を見ていたのですか」
「それほど悪い夢っていうわけでもないんだ」ハリーは欠伸あくびをして目を擦こすった。「もっと悪い夢を見たこともあるし」
しもべ妖精は大きな球のような目でハリーをしげしげと見た。それから両耳をうなだれて、真剣しんけんな声で言った。
「ドビーめは、ハリー・ポッターをお助けしたいのです。ハリー・ポッターがドビーを自由にしましたから。そして、ドビーめはいま、ずっとずっと幸せですから」
ハリーは微笑ほほえんだ。
「ドビー、君には僕を助けることはできない。でも、気持はありがたいよ」
ハリーは屈かがんで、「魔ま法ほう薬やく」の教科書を拾ひろった。このレポートは結局、明日仕上げなければならない。ハリーは本を閉じた。そのとき、暖炉だんろの残り火が、手の甲こうの薄うっすらとした傷きず痕あとを白く浮き上がらせた――アンブリッジの罰則ばっそくの跡あとだ。