ハリーは舌を突き出した……空中に漂ただよう男の臭いを味わった……生きている。居眠いねむりしている……廊下の突き当たりの扉とびらの前に座って……。
ハリーはその男を噛かみたかった……しかし、その衝しょう動どうを抑おさえなければならない……もっと大切な仕事があるのだから……。
ところが、男が身動きした……急に立ち上がり、膝ひざから銀色の「マント」が滑り落ちた。鮮やかな色のぼやけた男の輪郭が、ハリーの上に聳そびえ立つのが見えた。男がベルトから杖つえを引き抜くのが見えた……しかたがない……ハリーは床から高々と伸び上がり、襲おそった。一回、二回、三回。ハリーの牙きばが男の肉に深々と食い込んだ。男の肋あばら骨ぼねが、ハリーの両りょう顎あごに砕くだかれるのを感じた。生なま暖あたたかい血が噴ふき出す……。
男は苦痛くつうの叫さけびを上げた……そして静かになった……壁かべを背に仰向あおむけにドサリと倒れた……血が床に飛び散った……。
額ひたいが激はげしく痛んだ……割れそうだ……。
「ハリー ハリー」
ハリーは目を開あけた。体中から氷のような冷ひや汗あせが噴き出していた。ベッドカバーが拘こう束そく衣いのように体に巻きついて締しめつけていた。灼しゃく熱ねつした火ひ掻かき棒ぼうを額に押し当てられたような感じだった。
「ハリー」
ロンがひどく驚おどろいた顔で、ハリーに覆おおいかぶさるようにして立っていた。ベッドの足のほうには、ほかの人影ひとかげも見えた。ハリーは両手で頭を抱えた。痛みで目が眩くらむ……。ハリーは一転いってんしてうつ伏ぶせになり、ベッドの端に嘔吐おうとした。
「ほんとに病気だよ」怯おびえた声がした。「誰か呼ぼうか」
「ハリー ハリー」
ロンに話さなければならない。大事なことだ。ロンに話さないと……大きく息を吸い込み、また嘔吐おうとしたりしないよう堪こらえながら、痛みでほとんど目が見えないまま、ハリーはやっと体を起こした。
「君のパパが」ハリーは胸を波打なみうたせ、喘あえぎながら言った。「君のパパが……襲おそわれた……」
「え」ロンはさっぱりわけがわからないという声だった。
「君のパパだよ 噛かまれたんだ。重じゅう態たいだ。どこもかしこも血だらけだった……」
「誰か助けを呼んでくるよ」さっきの怯おびえた声が言った。ハリーは誰かが寝室しんしつから走って出て行く足音を聞いた。