一瞬、誰も言葉を発しなかった。やがてダンブルドアが、相変わらず血ちの気けが失うせた顔のロンに目を移しながら、さっきとは違う鋭するどい声で聞いた。「アーサーはひどい怪け我がなのか」
「はい」ハリーは力んで言った――どうしてみんな理解がのろいんだ あんなに長い牙きばが脇腹わきばらを貫つらぬいたら、どんなに出血するかわからないのか それにしても、ダンブルドアは、せめて僕の顔を見るぐらいは礼儀れいぎじゃないか
ところが、ダンブルドアは素早く立ち上がった。あまりの速さに、ハリーが飛び上がるほどだった。それから、天井近くに掛かっている肖しょう像ぞう画がの一枚に向かって話しかけた。「エバラード」鋭い声だった。「それに、ディリス、あなたもだ」
深々と眠っているように見えた、短く黒い前髪まえがみの青白い顔をした魔法使いとその隣となりの額がくの銀色の長い巻き毛の老魔女が、すぐに目を開けた。
「聞いていたじゃろうな」
魔法使いが頷うなずき、魔女は「当然です」と答えた。
「その男は、赤毛でメガネを掛けておる」ダンブルドアが言った。「エバラード、あなたから警報けいほうを発する必要があろう。その男が然しかるべき者によって発見されるよう――」
二人とも頷うなずいて横に移動し、額がくの端はしから姿を消した。しかし、隣となりの額に姿を現すのではなく通常、ホグワーツではそうなるのだが、二人とも消えたままだった。一つの額には真っ黒なカーテンの背景だけが残り、もう一つには立派な革張かわばりの肘ひじ掛かけ椅い子すが残っていた。壁かべに掛かかった他の歴代れきだい校長は、間違いなく寝息ねいきを立て、涎よだれを垂たらして眠り込んでいるように見える。しかしよく見ると、その多くが閉じた瞼まぶたの下からちらちらとハリーを盗み見ている。扉とびらをノックしたときに中で話をしていたのが誰だったのか、ハリーは突然悟さとった。
「エバラードとディリスは、ホグワーツの歴代校長の中でももっとも有名な二人じゃ」ダンブルドアはハリー、ロン、マクゴナガル先生の脇わきを素早すばやく通り過ぎ、こんどは扉の脇の止まり木で眠る見事な鳥に近づいて行った。「高名な故ゆえ、二人の肖しょう像ぞう画がはほかの重要な魔法施設しせつにも飾かざられておる。自分の肖像画であれば、その間を自由に往いき来きできるので、あの二人は外で起こっているであろうことを知らせてくれるはずじゃ……」
「だけど、ウィーズリーさんがどこにいるかわからない」ハリーが言った。
「三人とも、お座り」ダンブルドアはハリーの声が聞こえなかったかのように言った。「エバラードとディリスが戻るまでに数分はかかるじゃろう。マクゴナガル先生、椅子をもう少し出してくださらんか」
マクゴナガル先生が、ガウンのポケットから杖つえを取り出して一振ひとふりすると、どこからともなく椅子が三さん脚きゃく現れた。背もたれのまっすぐな木の椅子で、ダンブルドアがハリーの尋じん問もんのときに取り出したあの座り心地のよさそうなチンツ張ばりの肘掛椅子とは大違いだった。ハリーは振り返ってダンブルドアを観察かんさつしながら腰掛こしかけた。ダンブルドアは、指一本で、飾り羽のあるフォークスの金色の頭を撫なでていた。不ふ死し鳥ちょうはたちまち目を覚まし、美しい頭を高々ともたげ、真っ黒なキラキラした目でダンブルドアを覗のぞき込んだ。
「見張りをしてくれるかの」ダンブルドアは不死鳥に向かって小声で言った。
炎がパッと燃え、不死鳥は消えた。