空からのキャンバスは無言のままだった。ハリーはカンカンになって、トランクをベッドの足元まで引きずって戻り、虫食いだらけのベッドカバーの上に、うつ伏ぶせに倒れ、目を閉じた。体が重く、痛んだ。
まるで何千キロもの旅をしたような気がした……チョウ・チャンがヤドリギの下で近づいてきてから、まだ二十四時間と経たっていないなんて、信じられない……疲れていた……眠るのが怖こわかった……それでも、あとどのくらい眠気ねむけに抵抗ていこうできるか……ダンブルドアが動くなと言った……つまり、眠ってもいいということなんだ……でも、恐ろしい……また同じことが起こったら
ハリーは薄暗うすくらがりの中に沈んでいった……。
まるで、頭の中で、映像えいぞうフィルムが、映写えいしゃを待ち構かまえていたようだった。ハリーは、真っ黒な扉とびらに向かう人気ひとけのない廊下ろうかを歩いていた。ごつごつした石壁いしかべを通り、いくつもの松明たいまつを通り過ぎ、左側の、下に続く石段の入口の前を通り……。
ハリーは黒い扉にたどり着いた。しかし、開けることができない。……ハリーはじっと扉を見つめてたたずんでいた。無む性しょうに入りたい……ほしくてたまらない何かが扉の向こうにある……夢のようなご褒美ほうびが……傷きず痕あとの痛みが止まってくれさえしたら……そうしたら、もっとはっきり考えることができるのに……。
「ハリー」どこかずっと遠くから、ロンの声がした。「ママが、夕食の支度したくができたって言ってる。でも、まだベッドにいたかったら、君の分を残しておくってさ」
ハリーは目を開けた。しかし、ロンはもう部屋にはいなかった。
僕と二人きりになりたくないんだ、とハリーは思った。
ムーディが言ったことを聞いたあとだもの。自分の中に何がいるのかを知ってしまった以上、みんな僕にいてほしくないだろうと、ハリーは思った。
夕食に下りて行くつもりはない。無理やり僕と一いっ緒しょにいてもらうつもりもない。ハリーは寝返ねがえりを打ち、まもなくまた眠りに落ちた。目が覚めたのはかなり時間が経たってからで、明け方だった。空腹くうふくで胃が痛んだ。ロンは隣となりのベッドでいびきをかいている。目を凝こらして部屋の中を見回すと、フィニアス・ナイジェラスが再び肖しょう像ぞう画がの額がくの中に立っている、黒い輪りん郭かくが見えた。たぶんダンブルドアは、ハリーが誰かを襲おそわないように、フィニアス・ナイジェラスを見張りに送ってよこしたのだと思い当たった。
穢けがれているという思いが激はげしくなった。ハリーは半なかば後悔こうかいした。ダンブルドアの言うことに従わないほうがよかった……。グリモールド・プレイスでの暮らしが、これからずっとこんなふうなら、結局プリベット通りのほうがましだったかもしれない。