「ここ、何階だ」
「六階だと思うわ」ハーマイオニーが答えた。
「違うよ。五階だ」ハリーが言った。「もう一階――」
しかし、踊おどり場ばに足を掛けたとたん、ハリーは急に立ち止まった。 呪じゅ文もん性せい損そん傷しょう という札の掛かかった廊下ろうかの入口に、小さな窓がついた両開きのドアがあり、ハリーはその窓を見つめた。ガラスに鼻を押しつけて、一人の男が覗のぞいていた。波打なみうつ金髪きんぱつ、明るいブルーの眼め、にっこりと意味のない笑いを浮かべ、輝かがやくような白い歯を見せている。
「なんてこった」ロンも男を見つめた。
「まあ、驚おどろいた」ハーマイオニーも気がつき、息が止まったような声を出した。「ロックハート先生」
かつての「闇やみの魔ま術じゅつに対する防ぼう衛えい術じゅつ」の先生は、ドアを押し開け、こっちにやって来た。ライラック色の部屋着を着ている。
「おや、こんにちは」先生が挨あい拶さつした。「私のサインがほしいんでしょう」
「あんまり変わっていないね」ハリーがジニーに囁ささやいた。ジニーはニヤッと笑った。
「えーと――先生、お元気ですか」
ロンはちょっと気が咎とがめるように挨拶した。
元はと言えば、ロンの杖つえが壊こわれていたせいで、ロックハート先生は記憶きおくを失い、聖せいマンゴに入院する羽は目めになったのだ。ただ、そのときロックハートは、ハリーとロンの記憶を永久に消し去ろうとしていたわけで、ハリーはそれほど同情していなかった。
「大変元気ですよ。ありがとう」ロックハートは生き生きと答え、ポケットから少しくたびれた孔く雀じゃくの羽は根ねペンを取り出した。「さて、サインはいくつほしいですか 私は、もう続け字が書けるようになりましたからね」
「あー――いまはサインは結構けっこうです」ロンはハリーに向かって眉毛まゆげをきゅっと吊つり上げて見せた。
「先生、廊下をうろうろしていていいんですか 病室にいないといけないんじゃないですか」ハリーが聞いた。
ロックハートのにっこりがゆっくり消えていった。しばらくの間ハリーをじっと見つめ、やがてこう言った。
「どこかでお会いしませんでしたか」
「あー――ええ、会いました」ハリーが答えた。「あなたは、ホグワーツで、私たちを教えていらっしゃいました。憶おぼえてますか」
「教えて」ロックハートは微かすかに狼狽うろたえた様子で繰くり返した。「私が 教えた」
それから突然笑顔えがおが戻った。びっくりするほど突然だった。
「きっと、君たちの知っていることは全部私が教えたんでしょう さあ、サインはいかが 一ダースもあればいいでしょう。お友達に配るといい。そうすれば、もらえない人は誰もいないでしょう」
しかし、ちょうどそのとき、廊下の一番奥のドアから誰かが首を出し、声がした。
「ギルデロイ、悪い子ね。いったいどこをうろついていたの」
髪かみにティンセルの花輪はなわを飾かざった、母親のような顔つきの癒者いしゃが、ハリーたちに暖かく笑いかけながら、廊下ろうかの向こうから急いでやって来た。