ハリーは、おばさんの言ったことが、すぐにはぴんと来なかった。自分の持ち駒ごまのルークが、ロンのポーンと激はげしい格闘かくとうの最中で、ハリーはルークを焚たきつけるのに夢中だった。
「やっつけろ――やっちまえ。たかがポーンだぞ、うすのろ。あ、おばさん、ごめんなさい。何ですか」
「スネイプ先生ですよ。厨ちゅう房ぼうで。ちょっとお話があるんですって」
ハリーは、恐きょう怖ふで口があんぐり開いた。ロン、ハーマイオニー、ジニーを見た。みんなも口を開けてハリーを見つめ返していた。ハーマイオニーが十五分ほど苦労して押さえ込んでいたクルックシャンクスが、大喜びでチェス盤ばんに飛び載のり、駒は金切かなきり声ごえを上げて逃げ回った。
「スネイプ」ハリーはポカンとして言った。
「スネイプ先生ですよ」ウィーズリーおばさんがたしなめた。「さあ、早くいらっしゃい。長くはいられないとおっしゃってるわ」
「いったい君に何の用だ」おばさんの顔が引っ込むと、ロンが落ち着かない様子で言った。
「何かやらかしてないだろうな」
「やってない」ハリーは憤然ふんぜんとして言ったが、スネイプがわざわざグリモールド・プレイスにハリーを訪おとずれてくるとは、自分はいったい何をやったのだろうかと、考え込んだ。最後の宿題が最悪の「ティー」でも取ったのだろうか
それから一、二分後、ハリーは厨ちゅう房ぼうのドアを開けて、中にシリウスとスネイプがいるのを見た。二人とも長テーブルに座っていたが、目を背そむけて反対方向を睨にらみつけていた。互いの嫌けん悪お感かんで、重苦しい沈ちん黙もくが流れていた。シリウスの前に手紙が広げてある。
「あのー」ハリーは到とう着ちゃくしたことを告げた。
スネイプの脂あぶらっこい簾すだれのような黒くろ髪かみに縁取ふちどられた顔が、振り向いてハリーを見た。
「座るんだ、ポッター」
「いいか」シリウスが椅子ごと反そっくり返り、椅子を後ろの二本脚あしだけで支えながら、天井に向かって大声で言った。「スネイプ。ここで命令を出すのはご遠えん慮りょ願いたいですな。なにしろ、わたしの家なのでね」
スネイプの血ちの気けのない顔に、険悪けんあくな赤みがさっと広がった。ハリーはシリウスの脇わきの椅子に腰を下ろし、テーブル越しにスネイプと向き合った。
「ポッター、我わが輩はいは君一人だけと会うはずだった」スネイプの口元が、お馴な染じみの嘲あざけりで歪ゆがんだ。「しかし、ブラックが――」
「わたしはハリーの名な付づけ親おやだ」シリウスが一層いっそう大声を出した。
「我輩はダンブルドアの命めいでここに来た」スネイプの声は、反対にだんだん低く不ふ愉ゆ快かいな声になっていった。「しかし、ブラック、よかったらどうぞいてくれたまえ。気持はわかる……かかわっていたいわけだ」
「何が言いたいんだ」シリウスは後ろ二本脚だけで反っくり返っていた椅子を、バーンと大きな音とともに元に戻した。
「別に他た意いはない。君はきっと――あー――イライラしているだろうと思ってね。何にも役に立つことができなくて」スネイプは言葉を微び妙みょうに強調した。「騎き士し団だんのためにね」
こんどはシリウスが赤くなる番だった。ハリーのほうを向きながら、スネイプの唇くちびるが勝ち誇ほこったように歪んだ。
「校長が君に伝えるようにと我輩をよこしたのだ、ポッター。校長は来学期に君が『閉へい心しん術じゅつ』を学ぶことをお望みだ」