しかし、夕方の六時になると、チョウ・チャンに首尾しゅびよくデートを申し込んだうれしい輝かがやかしさも、もはや不吉ふきつな気持を明るくしてはくれなかった。スネイプの研究室に向かう一歩ごとに、不吉さが募つのった。
部屋にたどり着くとドアの前に立ち止まり、ハリーは、この部屋以外ならどこだって行くのにと思った。それから深しん呼こ吸きゅうして、ドアをノックし、ハリーは部屋に入った。
部屋は薄暗うすぐらく、壁かべに並んだ棚たなには、何百というガラス瓶びんが置かれ、さまざまな色合いの魔法薬に、動物や植物のヌルッとした断片だんぺんが浮かんでいた。片隅かたすみに、材料がぎっしり入った薬くすり戸と棚だながあった。スネイプはハリーがその戸棚から盗んだという言いがかりで――いわれのないものではなかったのだが――ハリーを責せめたことがある。しかし、ハリーの気を引いたのは、むしろ机の上にあるルーン文字や記号が刻きざまれた石の水すい盆ぼんで、蝋燭ろうそくの光ひかり溜だまりの中に置かれていた。ハリーにはそれが何かすぐわかった――ダンブルドアの「憂いの篩ペンシーブ」だ。いったい何のためにここにあるのだろうと訝っていたハリーは、スネイプの冷たい声が薄暗うすくらがりの中から聞こえてきて、飛び上がった。
「ドアを閉めるのだ、ポッター」
ハリーは言われたとおりにした。自分自身を牢ろうに閉じ込めたような気がしてぞっとした。部屋の中に戻ると、スネイプは明るいところに移動していた。そして机の前にある椅子を黙だまって指した。ハリーが座り、スネイプも腰を下ろした。冷たい暗い目が、瞬まばたきもせずハリーを捕とらえた。顔の皺しわの一本一本に嫌けん悪お感かんが刻きざまれている。
「さて、ポッター。ここにいる理由はわかっているな」スネイプが言った。「『閉へい心しん術じゅつ』を君に教えるよう、校長から頼まれた。我わが輩はいとしては、君が『魔ま法ほう薬やく』より少しはましなところを見せてくれるよう望むばかりだ」
「ええ」ハリーはぶっきらぼうに答えた。
「ポッター、この授業は、普通とは違うかもしれぬ」スネイプは憎々にくにくしげに目を細めた。「しかし、我輩が君の教師であることに変わりない。であるから、我輩に対して、必ず『先生』とつけるのだ」
「はい……先生」ハリーが言った。
「さて、『閉心術』だ。君の大事な名な付づけ親おやの厨ちゅう房ぼうで言ったように、この分野の術は、外部からの魔法による侵しん入にゅうや影えい響きょうに対して心を封ふうじる」
「それで、ダンブルドア校長は、どうして僕にそれが必要だと思われるのですか 先生」ハリーは果たしてスネイプが答えるだろうかと訝いぶかりながら、まっすぐにスネイプの目を見た。