寝室しんしつのドアを開き、一歩中に入ったとたん、ハリーは激痛げきつうを感じた。誰かが、頭のてっぺんに鋭するどい切れ込みを入れたかのようだった。自分がどこにいるのかも、立っているのか横になっているのかもわからない。自分の名前さえわからなくなった。
狂ったような笑いが、ハリーの耳の中で鳴り響ひびいた……こんなに幸福な気分になったのは久しぶりだ……歓喜かんき、恍惚こうこつ、勝利……すばらしい、すばらしいことが起きたのだ……。
「ハリー ハリー」
誰かがハリーの顔を叩たたいた。狂きょう気きの笑いが、激痛の叫さけびで途と切ぎれた。幸福感が自分から流れ出していく……しかし笑いは続いた……。
ハリーは目を開けた。そのとき、狂った笑い声がハリー自身の口から出ていることに気づいた。気づいたとたん、声がやんだ。ハリーは天井を見上げ、床に転がって荒い息をしていた。額ひたいの傷きず痕あとがズキズキと疼うずいた。ロンが屈かがみ込み、心配そうに覗のぞき込んでいた。
「どうしたんだ」ロンが言った。
「僕……わかんない……」ハリーは体を起こし、喘あえいだ。「やつがとっても喜んでいる……とっても……」
「『例のあの人』が」
「何かいいことが起こったんだ」ハリーが呟つぶやくように言った。ウィーズリーおじさんが蛇に襲おそわれるところを見た直後と同じぐらい激はげしく震ふるえ、ひどい吐き気がした。「何かやつが望んでいたことだ」
言葉が口を衝ついて出てきた。グリフィンドールの更こう衣い室しつで、前にもそういうことがあったが、ハリーの口を借りて誰か知らない人がしゃべっているようだった。しかも、それが真実だと、ハリーにはわかっていた。ロンに吐はきかけたりしないようにと、ハリーは大きく息を吸い込んだ。こんな姿をディーンやシェーマスに見られなくて本当によかったと思った。
「ハーマイオニーが、君の様子を見てくるようにって言ったんだ」ハリーを助け起こしながら、ロンが小声で言った。「あいつ、君がスネイプに心をひっ掻かき回されたあとだから、いまは防ぼう衛えい力りょくが落ちてるだろうって言うんだ……。でも、長い目で見れば、これって、役に立つんだろ」
ハリーを支えてベッドに向かいながら、ロンは疑わしげにハリーを見た。ハリーは何の確信かくしんもないまま頷うなずき、枕まくらに倒れ込んだ。一晩ひとばんに何回も床に倒れたせいで体中が痛む上、傷きず痕あとがまだちくちくと疼うずいていた。「閉へい心しん術じゅつ」への最初の挑ちょう戦せんは、心の抵てい抗こう力りょくを強めるどころか、むしろ弱めたと思わないわけにはいかなかった。そして、ヴォルデモート卿きょうをこの十四年間になかったほど大喜びさせた出来事は何だったのかと考えると、ぞくっと戦慄せんりつが走った。