「お二人さん、なんになさるの」
マダム・パディフットは、艶つやつやした黒くろ髪かみをひっつめ髷まげに結ゆった、たいそう豊かな体つきの女性で、ロジャーのテーブルとハリーたちのテーブルの間の隙間すきまに、やっとのことで入り込んでいた。
「コーヒー二つ」チョウが注文した。
コーヒーを待つ間に、ロジャー・デイビースとガールフレンドは、砂糖さとう入れの上でキスしはじめた。キスなんかしなきゃいいのに、とハリーは思った。デイビースがお手本になって、まもなくチョウが、ハリーもそれに負けないようにと期待するだろう。ハリーは顔が火ほ照てってくるのを感じ、窓の外を見ようと思った。しかし、窓が真っ白に曇っていて、外の通りが見えなかった。チョウの顔を見つめざるをえなくなる瞬しゅん間かんを先延さきのばしにしようと、ペンキの塗ぬり具合ぐあいを調べるかのように天井を見上げたハリーは、上に浮かんでいたキューピッドに、顔めがけて紙ふぶきを浴あびせられた。
それからまた辛つらい数分が過ぎ、チョウがアンブリッジのことを口にした。ハリーはほっとしてその話題に飛びついた。それから数分は、アンブリッジのこき下ろしで楽しかったが、もうこの話題はディーエイでさんざん語り尽くされていたので、長くは持たなかった。再び沈ちん黙もくが訪れた。隣となりのテーブルからチューチューいう音が聞こえるのが、ことさら気になって、ハリーはなんとかしてほかの話題を探そうと躍起やっきになった。
「あー……あのさ、お昼に僕と一いっ緒しょに『三本の箒ほうき』に来ないか そこでハーマイオニー・グレンジャーと待ち合わせてるんだ」
チョウの眉まゆがぴくりと上がった。
「ハーマイオニー・グレンジャーと待ち合わせ 今日」
「うん。彼女にそう頼まれたから、僕、そうしようかと思って。一緒に来る 来てもかまわないって、ハーマイオニーが言ってた」
「あら……ええ……それはご親切に」
しかし、チョウの言い方は、ご親切だとはまったく思っていないようだった。むしろ、冷たい口調で、急に険けわしい表情になった。
黙だまりこくって、また数分が過ぎた。ハリーは忙せわしなくコーヒーを飲み、もうすぐ二杯目が必要になりそうだった。すぐ脇わきのロジャー・デイビースとガールフレンドは、唇くちびるのところで糊のりづけされているかのようだった。
チョウの手が、テーブルのコーヒーの脇に置かれていた。ハリーはその手を握らなければというプレッシャーがだんだん強くなるのを感じていた。「やるんだ」ハリーは自分に言い聞かせた。弱気と興こう奮ふんがごた混まぜになって、胸の奥から湧わき上がってきた。「手を伸ばして、さっとつかめ」。驚おどろいた――たったの三十センチ手を伸ばしてチョウの手に触ふれるほうが、猛もうスピードのスニッチを空中で捕つかまえるより難しいなんて……。
しかし、ハリーが手を伸ばしかけたとき、チョウがテーブルから手を引っ込めた。チョウは、ロジャー・デイビースがガールフレンドにキスしているのを、ちょっと興きょう味み深げに眺ながめていた。