「あの人、私を誘さそったの」チョウが小さな声で言った。「ロジャーが。二週間前よ。でも、断ことわったわ」
ハリーは、急にテーブルの上に伸ばした手のやり場を失い、砂糖さとう入れをつかんでごまかしたが、なぜチョウがそんな話をするのか見当がつかなかった。隣となりのテーブルに座ってロジャー・デイビースに熱々のキスをされていたかったのなら、そもそもどうして僕とデートするのを承しょう知ちしたのだろう
ハリーは黙だまっていた。テーブルのキューピッドが、また紙ふぶきを一つかみ二人に振りかけた。その何枚かが、ハリーがまさに飲もうとしていた飲み残しの冷たいコーヒーに落ちた。
「去年、セドリックとここに来たの」チョウが言った。
チョウが何を言ったのかがわかるまでに、数秒かかった。その間に、ハリーは体の中が氷のように冷ひえ切っていた。いまこのときに、チョウがセドリックの話をしたがるなんて、ハリーには信じられなかった。周りのカップルたちがキスし合い、キューピッドが頭上に漂ただよっているというのに。
チョウが次に口を開いたときは、声がかなり上ずっていた。
「ずっと前から、あなたに聞きたかったことがあるの……セドリックは――あの人は、わ――私のことを、死ぬ前にちょっとでも口にしたかしら」
金こん輪りん際ざい話したくない話題だった。とくにチョウとは。
「それは――してない――」ハリーは静かに言った。「そんな――何か言うなんて、そんな時間はなかった。ええと……それで……君は……休きゅう暇か中ちゅうにクィディッチの試合をたくさん見たの トルネードーズのファンだったよね」
ハリーの声は虚うつろに快活かいかつだった。しかし、チョウの両目に、クリスマス前の最後のディーエイが終ったときと同じように涙が溢あふれているのを見て、ハリーはうろたえた。
「ねえ」他の誰にも聞かれないように前屈まえかがみになり、ハリーは必死で話しかけた。「いまはセドリックの話はしないでおこう……何かほかの事を話そうよ……」
どうやらこれは逆ぎゃく効こう果かだった。
「私」チョウの涙がポタポタとテーブルに落ちた。「私、あなたならきっと、わ――わ――わかってくれると思ったのに 私、このことを話す必要があるの あなただって、きっと、ひ――必要なはずだわ だって、あなたはそれを見たんですもの。そ――そうでしょう」
まるで悪夢だった。何もかも悪いほうにばかり展開てんかいした。ロジャー・デイビースのガールフレンドは、わざわざ糊のりづけを剥はがして振り返り、泣いているチョウを見た。
「でも――僕はもう、話したことは話したんだ」ハリーが囁ささやいた。「ロンとハーマイオニーに。でも――」
「あら、ハーマイオニー・グレンジャーには話すのね」涙で顔を光らせ、チョウは甲高かんだかい声を出した。キスの最中だったカップルが何組か、見物のために分裂ぶんれつした。「それなのに、私には話さないんだわ も――もう……で――出ましょう。そして、あなたは行けばいいのよ。ハーマイオニー・グ――グレンジャーのところへ。あなたのお望みどおり」