スネイプがよろめいた――スネイプの杖が上に吹ふっ飛とび、ハリーから逸それた――すると突然、ハリーの頭は、自分のものではない記憶きおくで満たされた。鉤鼻かぎばなの男が、縮ちぢこまっている女性を怒ど鳴なりつけ、隅すみのほうで小さな黒い髪かみの男の子が泣いている……脂あぶらっこい髪の十代の少年が、暗い寝室しんしつにぽつんと座り、杖を天井に向けて蝿はえを撃うち落としている……痩やせた男の子が、乗り手を振り落とそうとする暴あばれ箒ぼうきに乗ろうとしているのを、女の子が笑っている――。
「もうたくさんだ」
ハリーは胸を強く押されたように感じた。よろよろと数歩後退し、スネイプの部屋の壁かべを覆おおう棚たなのどれかにぶつかり、何かが割れる音を聞いた。スネイプは微かすかに震ふるえ、蒼そう白はくな顔をしていた。
ハリーのローブの背が濡ぬれていた。倒れて寄より掛かかった拍ひょう子しに容器ようきの一つが割れ、水薬が漏もれ出し、ホルマリン漬づけのヌルヌルした物が容器の中で渦うず巻いていた。
「レパロ、直れ」スネイプは口の端はたで呪じゅ文もんを唱となえた。容器の割れ目がひとりでに閉じた。
「さて、ポッター……いまのは確実に進歩だ……」少し息を荒あららげながら、スネイプは「憂うれいの篩ふるい」をきちんと置き直した。授業の前に、スネイプはまたしてもその中に自分の想おもいをいくつか蓄たくわえていたのだが、それがまだ中にあるかどうかを確かめているかのようだった。「君に『盾たての呪じゅ文もん』を使えと教えた憶おぼえはないが……たしかに有効ゆうこうだった……」
ハリーは黙だまっていた。何を言っても危険だと感じていた。たったいま、スネイプの記憶きおくに踏ふみ込こんだに違いない。スネイプの子供時代の場面を見てしまったのだ。喚わめき合う両親を見て泣いていた幼気いたいけな少年が、実はいまハリーの前に、激はげしい嫌悪けんおの目つきで立っていると思うと、落ち着かない不安な気持になった。
「もう一度やる。いいな」スネイプが言った。
ハリーはぞっとした。いましがた起こったことに対して、ハリーはつけを払わされる。そうに違いない。二人は机を挟はさんで対峙たいじした。ハリーは、こんどこそ心を無にするのがもっと難しくなるだろうと思った。
「三つ数える。では」スネイプがもう一度杖つえを上げた。「一――二――」
ハリーが集中する間もなく、心を空からにする間もないうちに、スネイプが叫さけんだ。
「レジリメンス」
ハリーは、「神しん秘ぴ部ぶ」に向かう廊下ろうかを飛ぶように進んでいた。殺さっ風ぷう景けいな石壁いしかべを過ぎ、松明たいまつを過ぎ――飾かざりも何もない黒い扉とびらがぐんぐん近づいてきた。あまりの速さで進んでいたので、ハリーは扉に衝しょう突とつしそうだった。あと数十センチというところで、またしてもハリーは、微かすかな青い光の筋すじを見た――。
扉がパッと開いた ついに扉を通過つうかした。そこは、青い蝋燭ろうそくに照らされた、壁かべも床も黒い円えん筒とう形けいの部屋で、周囲がぐるりと扉、扉、扉だった。――進まなければならない――しかし、どの扉から入るべきなのか――
「ポッター」