トレローニー先生が玄関ホールの真ん中に立っていた。片手かたてに杖を持ち、もう一方いっぽうの手に空からっぽのシェリー酒の瓶びんを引ひっ提さげ、完全に様子がおかしい。髪かみは逆立さかだち、メガネがずれ落ちて片目だけが不揃ふぞろいに拡大され、何枚ものショールやスカーフが肩から勝手な方向に垂たれ下がり、先生はいまにも崩壊ほうかいしそうだった。その脇わきに大きなトランクが二つ、一つは上下逆さかさまに置かれていた。どうやら、トランクは、トレローニー先生のあとから、階段を突き落とされたように見えた。トレローニー先生は、見るからに怯おびえた表情で、ハリーのところからは見えなかったが、階段下に立っている何かを見つめていた。
「いやよ」トレローニー先生が甲高かんだかく叫さけんだ。「いやです こんなことが起こるはずがない……こんなことが……あたくし、受け入れませんわ」
「あなた、こういう事態じたいになるという認識にんしきがなかったの」少女っぽい高い声が、平気でおもしろがっているような言い方をした。ハリーは少し右側に移動して、トレローニー先生が恐ろしげに見つめていたものが、ほかでもないアンブリッジ先生だとわかった。「明日の天気さえ予測できない無能力なあなたでも、わたくしが査察ささつしていた間の嘆なげかわしい授業ぶりや進歩のなさからして、解雇かいこが避さけられないことぐらいは、確実におわかりになったのではないこと」
「あなたに、そんなこと、で――できないわ」トレローニー先生が泣き喚わめいた。涙が巨大なメガネの奥から流れ、顔を洗った。「で――できないわ。あたくしをクビになんて ここに、あたくし、もう――もう十六年も ホ――ホグワーツはあた――あたくしの、い――家です」
「家だったのよ」アンブリッジ先生が言った。トレローニー先生が身も世もなく泣きじゃくり、トランクの一つに座り込むのを見つめるガマガエル顔に、楽しそうな表情が広がるのを見て、ハリーは胸糞むなくそが悪くなった。「一時間前に魔法大臣が『解雇辞令じれい』に署名しょめいなさるまではね。さあ、どうぞこのホールから出て行ってちょうだい。恥曝はじさらしですよ」
しかし、ガマガエルはそこに立ったままだった。トレローニー先生が嘆きの発作ほっさを起こしたようにトランクに座って体を前後に揺ゆすり、痙攣けいれんしたり呻うめいたりする姿を、卑いやしい悦よろこびに舌なめずりして眺ながめていた。左のほうで押し殺したような啜すすり泣きの声を聞いて、ハリーが振り返ると、ラベンダーとパーバティが抱き合って、さめざめと泣いていた。そのとき、足音が聞こえた。マクゴナガル先生が見物人の輪わを抜け出し、つかつかとトレローニー先生に歩み寄り、背中を力強くポンポンと叩たたきながら、ローブから大きなハンカチを取り出した。
「さあ、さあ、シビル……落ち着いて……これで洟はなをかみなさい……あなたが考えているほどひどいことではありません。さあ……ホグワーツを出ることにはなりませんよ……」
「あら、マクゴナガル先生、そうですの」アンブリッジが数歩進み出て、毒々しい声で言った。「そう宣せん言げんなさる権限けんげんがおありですの……」
「それはわしの権限じゃ」深い声がした。