ハリーは体を起こし、じたばたする妖よう精せいを見つめて身動きもせず戦おののいている生徒たちを見回した。
「何をぐずぐずしてるんだ」ハリーが声を張り上げた。「逃げろ」
全員が一斉いっせいに出口に突進とっしんした。ドアのところでごった返し、それから破裂はれつしたように出て行った。廊下ろうかを疾走しっそうする音を聞きながら、ハリーは、みんなが分別ふんべつをつけて、寮りょうまで一直線に戻ろうなんてバカなことを考えなければいいがと願った。いま、九時十分前だ。図書室とか、ふくろう小屋とか、ここから近いところに避難ひなんしてくれれば――。
「ハリー、早く」
外に出ようと揉もみ合っている群れの真ん中から、ハーマイオニーが叫さけんだ。
ハリーは、自分をこっぴどく傷きずつけようとしてまだもがいているドビーを抱え上げ、列の後ろにつこうと、ドビーを腕に走り出した。
「ドビー――これは命令だ――厨ちゅう房ぼうに戻って、妖精の仲間なかまと一いっ緒しょにいるんだ。もしあの人が、僕に警告けいこくしたのかと聞いたら、嘘うそをついて、『ノー』と答えるんだぞ」ハリーが言った。「それに、自分を傷つけることは、僕が禁ずる」やっと出口にたどり着き、ハリーはドビーを下ろしてドアを閉めた。
「ありがとう、ハリー・ポッター」ドビーはキーキー言うと、超ちょうスピードで走り去った。
ハリーは左右に目を走らせた。全員が一いち目もく散さんに走っていたので、廊下の両りょう端たんに、宙ちゅうを飛ぶ踵かかとがちらりと見えたと思ったら、すぐに消え去った。ハリーは右に走り出した。その先に男子トイレがある。ずっとそこに入っていたふりをしよう。そこまでたどり着ければの話だが――。
「あああっっっ」
何かに踝くるぶしをつかまれ、ハリーは物の見事に転倒てんとうし、うつ伏ぶせのまま数メートル滑すべってやっと止まった。誰かが後ろで笑っている。仰向あおむけになって目を向けると、醜みにくいドラゴンの形の花瓶かびんの下に、壁かべの窪くぼみに隠れているマルフォイが見えた。
「『足すくい呪のろい』だ、ポッター」マルフォイが言った。「おーい、先生――せんせーい 一人捕つかまえました」
アンブリッジが遠くの角から、息を切らし、しかしうれしそうににっこりしながら、せかせかとやって来た。
「彼じゃない」アンブリッジは床に転がるハリーを見て歓声かんせいを上げた。「お手柄てがらよ、ドラコ、お手柄、ああ、よくやったわ――スリザリン、五十点 あとはわたくしに任まかせなさい……立つんです、ポッター」