これまで経験したことのない、奇き妙みょうな感覚だった。もちろん飛行粉で移動したことはあるが、そのときは全身が炎の中でぐるぐる回転し、国中に広がる魔法使いの暖だん炉ろ網もうを通った。こんどは、膝ひざがアンブリッジの部屋の冷たい床にきっちり残ったままで、頭だけがエメラルドの炎の中を飛んで行く……。
そして、回りはじめたときと同じように唐突とうとつに、回転が止まった。少し気分が悪かった。首の周りに特別熱いマフラーを巻いているような気持になりながら、ハリーが目を開けると、そこは厨ちゅう房ぼうの暖炉の中で、木製の長いテーブルに男が腰掛こしかけ、一枚の羊よう皮ひ紙しをじっくり読んでいた。
「シリウス」
男が飛び上がり、振り返った。シリウスではなくルーピンだった。
「ハリー」ルーピンがびっくり仰ぎょう天てんして言った。「いったい何を――どうした 何かあったのか」
「ううん」ハリーが答えた。「ただ、僕できたら――あの、つまり、ちょっと――シリウスと話したくて」
「呼んでくる」ルーピンはまだ困惑こんわくした顔で立ち上がった。「クリーチャーを探しに上へ行ってるんだ。また屋や根ね裏うらに隠れているらしい……」
ルーピンが急いで厨房を出て行くのが見えた。残されたハリーが見るものといえば、椅子とテーブルの脚あししかない。炎の中から話をするのがどんなに骨が折れることか、シリウスはどうして一度も言ってくれなかったんだろう。ハリーの膝はもう、アンブリッジの硬かたい石の床に長い間触ふれていることに抗議こうぎしていた。
まもなくルーピンが、すぐあとにシリウスを連つれて戻もどってきた。
「どうした」シリウスは目にかかる長い黒くろ髪かみを払い退のけ、ハリーと同じ目の高さになるよう暖炉前に膝をつき、急せき込こんで聞いた。ルーピンも心配そうな顔で跪ひざまずいた。「大だい丈じょう夫ぶか 助けが必要なのか」
「ううん」ハリーが言った。「そんなことじゃないんだ……僕、ちょっと話したくて……父さんのことで」
二人が驚きょう愕がくしたように顔を見合わせた。しかしハリーは、恥はずかしいとか、きまりが悪いとか感じている暇ひまはなかった。刻こく一いっ刻こくと膝の痛みがひどくなる。それに、陽よう動どう作さく戦せんが始まってからもう五分は経過けいかしたと思った。ジョージが保ほ証しょうしたのは二十分だ。ハリーはすぐさま「憂うれいの篩ふるい」で見たことの話に入った。