「まあ、今日のところは、こんなとこだな」ハグリッドが言った。「そんじゃ――もう帰るとするか」
ハリーとハーマイオニーが頷うなずいた。ハグリッドは石弓を肩に掛かけ直し、鼻を摘んだまま、先頭に立って森の中に戻って行った。
しばらく誰も話をしなかった。遠くから、グロウプがついに松の木を引き抜いてしまったらしいドスンという音が聞こえたときも、黙だまっていた。ハーマイオニーは蒼あおざめて厳きびしい顔をしていた。ハリーは言うべき言葉を何も思いつかなかった。ハグリッドがグロウプを禁じられた森に隠していると誰かに知れたら、いったいどうなるんだろう しかも、ハリーは、ロン、ハーマイオニーと三人で巨人を教育するという、まったく無意味なハグリッドの試こころみを継続けいぞくすると約束してしまった。牙きばのある怪物かいぶつはかわいくて無害だと思い込む能力がとんでもなく豊かなハグリッドだが、グロウプがヒトと交まじわることができるようになるなんて、よくもそんな思い込みができるものだ。
「ちょっと待て」突然ハグリッドが言った。その後ろで、ハリーとハーマイオニーが、鬱蒼うっそうとしたニワヤナギの群ぐん生せい地ちを通り抜けるのに格闘かくとうしているときだった。ハグリッドは肩の矢や立たてから矢を一本引き抜き、石弓いしゆみに番つがえた。ハリーとハーマイオニーは杖つえを構かまえた。歩くのをやめたので、二人にも近くで何か動く物音が聞こえた。
「おっと、こりゃぁ」ハグリッドが低い声で言った。
「ハグリッド、言ったはずだが」深い男の声だ。「もう君は、ここでは歓迎かんげいされざる者だと」
男の裸はだかの胴体が、まだらな緑の薄明うすあかりの中で、一いっ瞬しゅん宙に浮いているように見えた。やがて、男の腰の部分が、栗毛くりげの馬の胴体に滑なめらかに続いているのが見えた。気き位ぐらいの高い、頬骨ほおぼねの張った顔、長い黒くろ髪かみのケンタウルスだった。ハグリッドと同じように、武ぶ装そうしている。矢の詰つまった矢立てと長ちょう弓きゅうとを両肩に引っ掛かけていた。
「元気かね、マゴリアン」ハグリッドが油断ゆだんなく挨あい拶さつした。
そのケンタウルスの背後の森がガサゴソ音を立て、あと四、五頭のケンタウルスが現れた。黒い胴体、顎あごひげを生はやした一頭は、見覚えのあるベインだ。ほぼ四年前、フィレンツェに出会ったと同じあの夜に会っている。ベインはハリーを見たことがあるという素そ振ぶりをまったく見せなかった。