膝は冷たい床にしっかりついたままだったが、ハリーの頭は、遊園地の回転乗り物から降おりたばかりのときのようにぐるぐる眩暈めまいを感じた。灰が渦巻うずまく中で目をぎゅっと閉じていたが、回転が止まったとき目を開くと、グリモールド・プレイスの冷たい長い厨ちゅう房ぼうが目に入った。
誰もいなかった。それは予想していた。しかし、誰もいない厨房を見たときに突然胃の中で飛び散ったどろどろした熱い恐きょう怖ふには、ハリーは無む防ぼう備びだった。
「シリウスおじさん」ハリーが叫んだ。「シリウス、いないの」
ハリーの声が厨房中に響ひびいた。しかし、返事はない。暖炉の右のほうで、何かがチョロチョロ蠢うごめく小さな音がした。
「そこに誰かいるの」ただのネズミかもしれないと思いながら、ハリーが呼びかけた。
屋敷やしきしもべ妖よう精せいのクリーチャーが見えた。なんだかひどくうれしそうだ。ただ、両手を最近ひどく傷きずつけたらしく、包帯ほうたいをぐるぐる巻きにしていた。
「ポッター坊主ぼうずの頭が暖炉にあります」妙みょうに勝ち誇ほこった目つきで、こそこそとハリーを盗み見ながら、空っぽの厨房に向かって、クリーチャーが告げた。「この子はなんでやって来たのだろう クリーチャーは考えます」
「クリーチャー、シリウスはどこだ」ハリーが問い質ただした。
しもべ妖精はゼイゼイ声で含ふくみ笑いした。
「ご主人様はお出かけです。ハリー・ポッター」
「どこへ出かけたんだ クリーチャー、どこへ行ったんだ」
クリーチャーはケッケッと笑うばかりだった。
「いい加減かげんにしないと」そう言ったものの、こんな格好かっこうでは、クリーチャーを罰ばっする方法などほとんどないことぐらい、ハリーにはよくわかっていた。
「ルーピンは マッド‐アイは 誰か、誰もいないの」
「ここにはクリーチャーのほか誰もいません」しもべ妖よう精せいはうれしそうにそう言うと、ハリーに背を向けて、のろのろと厨ちゅう房ぼうの奥の扉とびらのほうに歩きはじめた。「クリーチャーは、いまこそ奥様おくさまとちょっとお話をしようと思います。長いことその機会きかいがなかったのです。クリーチャーのご主人様が、奥様からクリーチャーを遠ざけられた――」
「シリウスはどこに行ったんだ」ハリーは妖精の後ろから叫さけんだ。
「クリーチャー、神しん秘ぴ部ぶに行ったのか」
クリーチャーは足を止めた。ハリーの目の前には椅子の脚あしが林立りんりつし、そこを通してクリーチャーの禿はげた後頭部がやっと見えた。
「ご主人様は、哀あわれなクリーチャーにどこに出かけるかを教えてくれません」妖精が小さい声で言った。
「でも、知ってるんだろう」ハリーが叫んだ。「そうだな どこに行ったか知ってるんだ」
一いっ瞬しゅん沈ちん黙もくが流れた。やがて妖精は、これまでにない高笑いをした。
「ご主人様は神秘部から戻ってこない」クリーチャーは上じょう機き嫌げんで言った。「クリーチャーはまた奥様と二人きりです」
そしてクリーチャーはチョコチョコ走り、扉を抜けて玄げん関かんホールへと消えて行った。
“主人没有告诉可怜的克利切他要去哪里。”小精灵轻声说。