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五、夏の雲(7)

时间: 2025-06-27    进入日语论坛
核心提示:あそこで雨宿りしているのかもしれない。走は道からはずれ、三角屋根のついたコンクリートの建物のなかに入っていった。見たとこ
(单词翻译:双击或拖选)

  あそこで雨宿りしているのかもしれない。走は道からはずれ、三角屋根のついたコンク

リートの建物のなかに入っていった。

  見たところ、トイレは無人だった。電気のついた狭い空間は、雨音も少しさえぎられ、

核シェルターみたいに無機質で現実感がない。走は掌で顔をぬぐい、扉の閉まった個室に

向けて、念のため声をかけてみた。

「ジョータ、ジョージ、いるのか?」

「いるいるー」

  と、並んだ二つの個室から、双子の声が重なって返事した。雷に撃たれて、道の端で黒

こげになっていたわけではなかったようだ。走はホッとした。

「どうしたんだよ、おまえら」

  そう尋ねると、水を流す音がしばしつづき、双子が同じタイミングでドアを開けて個室

から出てきた。

「腹こわしちゃったみたいでさあ」

「もう急に、すっごく腹が痛くなって。このトイレがなかったら、俺たちやばいことに

なってたよね、兄ちゃん」

「ああ。空もどしゃぶり、腹もどしゃぶりって感じだ」

  双子は青ざめた顔で、腹をさすっている。

「牛乳の飲みすぎだ」

  と走は断定した。ジョータとジョージは合宿に来て以来、毎日二リットルは牛乳を腹に

流しこんでいる。商店街からの差し入れで、ただで飲めるものだからと欲張った結果だ。

  雨に濡れたせいで、体が冷えてきた。いつまでもトイレにいるわけにもいかない。

「ジョッグは中止になったんだ。別荘まで戻れそうか?」

「うーん、微妙」

  とジョージは眉を下げ、

「なんとかケツを締めて我慢する」

  とジョータが悲壮な顔つきになった。

  三人は公衆便所から出て、雨のなかを走りはじめた。五百メートルほど行ったところ

で、「もうダメだ」とジョータの足が止まった。ジョージも青ざめて、

「ねえ走、トイレに戻ったほうがいいかな。別荘まで頑張ったほうが早いかな」

  と聞いてくる。

「ええ?」

  走は困惑し、双子を振り返った。双子は哀れにも、エビのように体を丸めて固まってい

る。

「しょうがないな。そのへんの茂みでしちゃえよ」

「やだよ!」

「紙はどうすんの!」

「だれもいないから平気だって。葉っぱかなんかで適当に拭けばいいだろ」

「他人事だと思って……」

「覚えてろよ」

  と言いながらも、逼ひつ迫ぱくした状況だったらしい。双子はがさがさと、道路脇のゆ

るやかな斜面に分け入っていった。

  そんなことが二度ほど繰り返され、やっと林道にたどりついたときには、双子はすっか

り開き直っていた。

「もう俺、フルチンで走ろっかな」

「俺も。こう差しこむんじゃ、いちいちパンツ脱ぐのがめんどくさいもん」

「それはやめろって」

  意味もなく笑いあいながら、三人は別荘の明かりを目指す。双子の部屋で喧嘩してか

ら、ずっと残っていたわずかなわだかまりが、豪雨にさらされてきれいに流れ落ちてい

く。双子は下痢で、走は気疲れで体力を消耗し、おかしなテンションになっていた。

「ただいまー!」

  と別荘のドアを開けたとたんに、双子はポンポンとTシャツと短パンを脱ぎ、風呂に駆

けこもうとした。走もびしょびしょになったTシャツを脱ぐ。

「キャー!」

  と甲高い悲鳴があがったのは、そのときだった。全裸の双子と、ジャージのズボンにい

ままさに手をかけようとしていた走は、驚いて動きを止めた。

  ダイニングには大家と、長い黒髪のほっそりした女の子が立っていた。八百勝の娘だ。

「なにやってんだ、おまえたち!」

  清瀬が台所から飛びだしてきて、双子を急いで風呂場に押しこんだ。テレビを見ていた

竹青荘の面々は、その様子に笑いころげている。八百勝の娘は、手で顔を覆ったままだっ

たが、指のあいだからきらきらした目がしっかり覗いているのを、走は見た。

「勝かつ田た葉は菜な子こです」

  と、八百勝の娘は名乗った。葉菜ちゃんかあ、と風呂から上がって服を着たジョータは

ヤニさがる。なにが葉菜ちゃんだ、逆さにしたら菜っぱじゃないか、と走は思ったが、葉

菜子はたしかに美しかった。黒目がちの潤んだような大きな瞳で、ちらちらと双子を見

やっては を染めている。

  葉菜子も寛政大の一年生で、文学部だった。

「みなさんのことは夏前から、大学の教室でもけっこう噂になってましたよ」

  と葉菜子は言った。

  ダイニングテーブルには、清瀬と葉菜子が作ったおかずが、たくさん並んでいた。風呂

に入って人心地ついた走は、「いただきます」と野菜の煮っ転がしを箸でつまむ。切りか

たが不格好で、味つけも濃かった。葉菜子はあまり料理に慣れていないらしい。だがもち

ろん、だれも文句は言わなかった。商店街からの援助物資の運搬も兼ねて、葉菜子は食料

を満載した八百勝の軽トラックに大家を乗せ、白樺湖まで来てくれたのだ。

「肉もありますから。明日は焼き肉です」

「牛肉?  牛肉?」

  葉菜子の言葉に、ジョージが敏感に反応する。またもや に血を上らせて、葉菜子は

「うん」とうなずく。

「やった!」

「俺たちも牛肉を食えるんだ!」

  ジョータとジョージは、食い気と東体大への対抗心をたぎらせる。あんなに彼女を欲し

がってたのに、なんでチャンスに気づかないのかなと走は不思議だった。走の隣では、清

瀬が大家に苦言を呈していた。

「どうするんです、監督。こんな、若い男ばかり十人もいるところに女の子をつれてき

て」

「十一人だ」

  と、大家はちゃっかり自分もカウントした。

「どちらかというと、危険なのは双子のほうのような気がしますけど」

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