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第三章 椿子爵謎の旅行(2)

时间: 2023-12-05    进入日语论坛
核心提示:「お父さんには、何かこう、秘密にしなければならぬような事情がおありでしたか」「そんなことは絶対にないと思います」 美禰子
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「お父さんには、何かこう、秘密にしなければならぬような事情がおありでしたか」

「そんなことは絶対にないと思います」

 美禰子はいくらか憤りをこめた声で、

「父はごく気の弱い、と、いうよりは気の小さいひとでした。子供のあたしから見まして

も、歯がゆいくらい小心翼々として生きてきたひとでした。道楽といえばフルートをたし

なむくらい。そういうひとですから、かくしごとがあろうなどとは、とても考えられませ

ん。もっとも……」

 と、美禰子はふっと声をくもらせて、

「一月のなかばごろ、いまいった謎なぞの旅行をする前後から、少し変ではございました

が、……」

「変というと……?」

「はあ、あの、ひどく思い悩んでいるふうで、それにどうかすると、ものに怯おびえたよ

うなところがございました」

「ものに怯えて……?」

「はあ、でも、それは終戦後ずうっとそうなので……それで今年になってから、俄にわか

に昂こうじてきたのだと、そのときはそう思っていたんですが、いまになって考えると、

それにしても少し変だったと思われるんです」

「そうすると今年のはじめに、何かお父さんの心をかきみだすようなことが起こったとい

うことになりますね。それについて、何かお心当たりはありませんか」

「べつに……ただ……」

「ただ……? ただ、どうしたんですか」

「はあ、あの、去年の暮から玉虫の大おお伯お父じが、同じ邸内に住むことになったもの

ですから」

「玉虫の大伯父といいますと……?」

「母のお母さんの兄にあたるひとです。玉たま虫むし公きみ丸まるといってこの春まで伯

はく爵しやくでした」

「なるほど」

 金田一耕助は机のうえのメモと万年筆をひきよせると、美禰子の顔をきっと見て、

「あなたはさっき、お父さんを密告したものは、同じ邸内に住むものだとおっしゃいまし

たね。それはどういうわけですか」

「それは……それは……」

 美禰子をくるむくらい影が、またドスぐろい焰ほのおとなって、炎々ともえあがる。

「父がそういったのです。あたしいまでもそのときのことを、ハッキリ思い出すことが出

来ます。それは二月二十六日、あの恐ろしい嫌疑が晴れて、父がかえってきた日のことで

した。嫌疑が晴れても、うちのものは恐ろしがって、誰も父のそばへよりつこうとはいた

しません。あたしひとり父を慰めにいったのです。そのとき父は二階の書斎で、日が暮れ

ているのに灯あかりもつけず、放心したように椅い子すによりかかっていました。そのと

きの父の淋さびしそうな姿は、いまでもあたしの眼のまえにちらついています。あたしも

う慰めようにもことばが出ず、父の膝ひざにとりすがって、わっと泣き伏してしまったの

でした」

 美禰子の顔は異様にねじれ、いまにも泣き出すかと思われた。

 しかし、彼女は泣かなかった。かえって彼女は大きく眼を見張り、

「そのとき父があたしの髪を撫なでながら、こんなことをいったのでした。美禰子や、こ

のうちには悪魔が棲すんでいる。そいつがわたしを密告したのだと。……」

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