金田一耕助はほほえんで、
「貴族のなかには、まま、そういう考えかたを持っているひとがあるんじゃないですか」
「ええ、そうかも知れません。伯父は、その典型なんですね。でも、伯父が母のところへ
無心にくるには、理由がないこともないのです。母の父は母が十五のときに亡くなったん
ですが、とても母を可愛がっていて、伯父にいくぶんよりたくさん母に遺したんです。母
はそのほかにも、母方の祖父から沢山のこされたので、とてもお金持ちだったんです。母
は綺麗ですから、誰からも愛されるんですわ。そういう大きな財産をもって、母は椿のう
ちへお嫁にきたんですが、伯父にしてみればそれが不平で、自分のものを費つかい果たす
と、当然の権利のように母のものに眼をつけはじめたんです。またそういうことがありま
すから、伯父の一家や玉虫の大伯父が乗りこんできても、父は何もいえなかったんです。
父はいつも養子のように権力がなく孤独でした」
美禰子の声はまた怒りにたかぶってくる。金田一耕助はしかしそれを黙殺して、
「玉虫もと伯爵はおひとりですか」
「いいえ、菊きく江えさんという二十三、四の、とても綺麗な小間使いがついています。
むろん、ただの小間使いではございません」
金田一耕助は、すぐその意味を諒りよう解かいした。
「大伯父さんはいくつですか」
「かれこれ七十になるんじゃないでしょうか」
「その人にはほかにいくところがないのですか」
「いいえ、玉虫家には立派な跡取りがあります。跡取りのほかにもたくさん子供があるん
ですけれど、大伯父というのがとても我の強い、わがままなひとですから、子供たちの誰
ともあわないんです。それに反して母はこのひとをとても尊敬しているものですから」
金田一耕助はメモのうえに眼を落とす。そこにはつぎの十一人の名が書きしるしてある
のだった。
椿 英輔 四十三歳
妻 子 四十歳
女 美禰子 十九歳
老女 信乃 六十二、三歳
三島 東太郎 二十三、四歳
女中 種 二十三、四歳
新宮 利彦 四十三歳
妻 華子 四十歳前後
男 一彦 二十一歳
玉虫 公丸 七十歳前後
妾 菊江 二十三、四歳
金田一耕助はそのメモを美禰子に見せて、
「あなたはこのひとたち全部に、お父さんを密告する可能性があるというんですか」
美禰子はメモに眼をとおすと、
「いいえ、全部とはいいません。三島さんや女中の種、それから菊江さんなどに、そんな
ことをしなければならぬ理由はありませんし、新宮の伯母さまや一彦さんがまさか。……
新宮の伯母さまというひとは、とてもいいかたです。でも、ほかの四人、母をはじめ信乃
にしろ、新宮の伯父や玉虫の大伯父にしても、そんなことをしかねないひとたちなんで
す」
「つまり、そのひとたちは、それほどお父さんを憎んでいたというのですね」
美禰子の顔にはまたドスぐろい怒りの炎がもえあがる。
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